第1章➖4 Aaliyah

 僕は全く意味が分からない、と揶揄するように肩をすくめた。


「何か……文化祭の催事ですか?それだったら」


 グンッと力を込めて、僕は玄関を閉めようとする。しかし、又しても僕はそれを遮られた。しかも、今度は彼女の手ではなく、その手に持った重みのある道具袋でだ。


 僕が文句を言おうとした瞬間だった。目の前の彼女が僕の視界から姿を消した。正確には、彼女の肉体が僕の脇下に潜り込んだのだ。


 音は無かった。冷たい鉄剣の刃が僕の首に当てられる。そして、瞬く間に玄関口から廊下へと僕は倒され、目の前にはもう一人の少女が既に玄関内に立っていた。僕の許可なく二人の少女は悠々と家に侵入する。


「なっ、何だよっおいっ!!」


 僕は錯乱し、何とか彼女の拘束から逃げようとする。しかし、突然僕の首元に痛みが発した。どうも当てられてる刃に肌を切られたらしい。


 殺される危険を感じ、一瞬僕の身体が恐怖に震える。


「まあまあ落ち着いて欲しいですわ。私達は貴方に敵意など全くありません。ただ、嘘は良くないと思いませんかしら?」


 バレている。ということは、ほぼ確実に彼女達はマトモな人間ではない。


「お姉ちゃん……小刀当てて首に傷つけてる時点で、特大ブーメランだと思うよ」


 眼の前にいる胸の大きい丸顔の彼女が玄関の鍵を閉めながら言った。そして、官女はまるで我が家に帰ってきたかのように身体をグイッと伸ばしながら靴を脱いで上がり込む。


「お、おい!ちょっと待てって……!!」


「意固地にならず、諦めて欲しいですね」


 僕が抵抗しようとした瞬間、バコンっと身体を床に叩きつけられる。バキィッと廊下の板が割れる音が鳴った。その間にもドンドン上がりこんだ丸顔の彼女は迷いなくアリヤがいるリビングの方へ足をすすめる。


「くっ、くそっ……お前ら一体何者なんだよ!?いきなり人の家に上がり込んで!!」


 身体を倒されていながらも、顔を横にして僕の身動きを止める彼女を見上げた。先程の表情と違い、今の彼女は冷徹そのものに見える。


「全くそうですね。しかし、必要なことですから分かってほs……」


 僕を押し倒す彼女の言葉が途切れた。ズギャッ!と横の壁に人が打ち付けられるような音が聞こえ、同時に僕の身体が開放とともに軽くなった。僕は急いで身体を転がし、しゃがんだ体勢になった。


「これから王となる男が、こんな女子に押し倒されてどうするのだ」


「……アリヤ」


 僕を押し倒していたポニーテールの彼女を蹴り飛ばしたのは、他でもないアリヤだった。よくよく見ると、彼女の素足が鱗で覆われている。おそらく鱗で肌を覆い、硬質化した脚で蹴ることで威力を上げているのだ。


「…………おかしいですわね。確か貴方の捕獲には地狐が行ったはずなのですが。でも、予想通りドラゴンはいましたわね」


 リビングの方へ向かった少女はチコと言うらしい。倒れた身体を上げながらボヤく彼女の目は、僕では無くアリヤに焦点を当てていた。


「あの牛乳女ならそちらで寝ているぞ?元・わらわの敵も随分と弱体化したものだな」


 アリヤは口に手を当てて、彼女を嘲笑する。アリヤの口から出てきた言葉にはキーワードがあった。「元・わらわの敵」、つまり、今は敵ではないと言う。


「アリヤ……この人達は敵じゃないのか?」


 僕が聞くと、アリヤは「多分な」とでも言うかのように肩をすくめてウインクする。そして、それを根拠付けるように彼女は道具袋を取り、取り出した小刀を鞘に納めて仕舞った。


「どうやら冷静なお話は出来るようですね。幾つか話し合いたいことがありますわ……貴方の身と今後の世界について」


 彼女は僕のことは全く目に入っていないようだ。アリヤに畏怖と怒りの両方を含んだ目で見つめる姿には、何か怨恨を発する原動力を作った過去を匂わせている。


「おい、誠。お前も来い」


「あ、ああ……」


 今起きた状況に正直なところ僕は全くついていくことが出来ていなかった。小刀持ちの彼女はリビングへ向かう。アリヤに手を引っ張れるように立ち上がった僕は微々に斬られた部分に指を当てる。すると、ピリッとその傷口は僕に痺れるような痛みを訴えた。


 僕とアリヤもリビングに向かう。机には魂が抜けたように座ったチコと呼んだ彼女と先程の小刀の彼女が先に座っていた。


「礼儀知らずなところは変わらないな。……他人の家で椅子に座るなら許可の一つも求めることも知らないか?」


「ふん、悪徳高き元支配者に何故顔色を伺うようなことをしなければいけないのかしら?正直、レジスタンス側の私の脳では理解が難しいですわ」


 砲弾のような言い合いを踏まえながら、僕達も対面する位置で席に着く。すると、ここでようやく彼女は僕の存在を再認識したのか焦点をこっちに移した。


「あら、そこの貴方はもうよろしいですわよ?ここのリビングは少しお借りすることになりますが……、話を終えたらすぐに出ていきますから安心して下さい」


 彼女は笑顔を作って、そう言った。よくもまあ、先程刃で肉を裂いた相手にそんな表情を作れるものだ。僕はその表情をよく見た覚えがあった。13歳の頃、まだ周りの作り笑顔の大人からチヤホヤされていた時期だ。笑顔を作っているが、目は相手を役に立つこと以外はどうでも良いと考えている目だ。


 嫌な思い出が脳に浮かび、僕は額に小さな汗をかいた。しかし、すぐにそれは収まる。


「いいや、バーバリアンズの少女よ。彼はここにいて一緒に話をしてもらうぞ」


 アリヤが僕はここに留まるようにと言った。それを聞いた彼女は不審そうに眉をひそめる。


「理解しがたいですわ。何故彼がここにいる必要が?出来れば、一般人など話を聞かれたくは無いのですけれど」


 彼女の言葉にアリヤは首を横に振った。


「バーバリアンズの少女よ、私はこの者を次世代の王にしたいのだ」


 アリヤは僕の肩にポンと手を置き、そう言った。彼女の目は一瞬驚いたように見開かれ、すぐに殺意を持った色に変える。


「それは……また大層なことですわね。なるほど、貴方はここに座る必要がありますわ。…………貴方に敬意と歓迎の意を示しましょう」


 彼女の言葉は僕を受け入れたことを知らせた。だが、彼女の目は……打って変わって憎しみが宿っている。僕は何もしてない……というよりも被害者の立場であるはずなのだが、どうゆうことだろうか。


 そんな僕の考えは机の上には挙がらず、代わりに彼女達の立場と名前が召喚された。


「私達は先程も申しました通り、秘密結社直属遊撃団『バーバリアンズ』に所属しています。私の名前は三月家次女の人狐じんこ、隣のこの子は私の妹である三月家三女の地狐ちこと言いますわ」


 差し出された手に、僕は受ける。


「ァッ!」


 その直後、僕は悲鳴を上げた。ギュゥッ!!と人狐さんの万力のような力で握りつぶされそうになったからだ。バッと握った手を振りほどき、人狐さんから距離を取る。


「本当は契約も王化もしていない見初められた状態の内に殺しておく方が良いのですが……私達に感謝してくださいね?見逃してもらうのですから」


「契約……王化……?」


 意味不明の単語が飛び出し、僕は痛みが余剰となって混乱しかける。しかし、それをアリヤが止めた。


「契約は勿論わらわと生涯の王の活動を行う約束だ。王化は、……残念だがここでは話せないな」


 アリヤの目は人狐さんの方を見ており、どうも後者については秘密にしたがっているようだ。冷静沈着なアリヤを見習い、動揺する自分を静める。


「……本題に移りましょう。貴女は、自身の今の身分について理解していますかしら?」


「もちろんだとも。今のわらわは完全な逃亡者であり、この身ある場所に幾億の危機を与える者だ。お前達が言いたいことは分かっている。『わらわを保護という名目で監禁したいのだろう?』」


 人狐さんは頷いた。


「……お断りだ。全くもって、お断りだ」


 そう言ってアリヤは人狐さんはそっぽを向いた。人狐さんの眉がピクリと動く。僕がアリヤの方を見ると、彼女は僕の視線に気づいたのかこちらを振り向いて笑った。


「さて、そもそもだがな。どこでわらわが逃亡したことを聞きつけたのかは知らぬが、何故逃げ出したのかそちらは分かっているのか?」


「……いえ」


「誠もよく聞いておけ。わらわが逃げ出した理由…………それは自由が無かったからだ。今の世界には全くわらわに自由という自由が無い。だから、逃げ出したのだ。……良いか?お前達はわらわに逃げ出した場と同じような場所に連れて行こうとしているのだ」


 つまり、アリヤが言っていることはこういうことだろうか。アリヤは何か支配者達に利用されていて、そこから逃げ出した。そして、その支配者達とは敵対するバーバリアンズという組織が保護しようとしているが、そもそもアリヤの求めるものは完全な自由で、ついていきたくはないと。


「……貴女の持つ力は絶大ですわ!!それこそ一歩間違えればこの地球全土を焼き尽くす程に……そんな貴女が自由など不可能であるのは分かるでしょう!?貴女自身がよく分かっているはずです……人類の現・支配者である『イルミナティ』の目的を!!」


 人狐さんが声を荒げながら、バンッ!!と机に握り拳を叩きつける。しかし、アリヤは微動だにしなかった。


「それでもわらわはもう嫌なのだよ。もっと明確に言えば『飽きた』のだ。お前達バーバリアンズとイルミナティが人類の歴史の真裏で戦い続ける様を見てきたが、正直同じことの繰り返しではないか。地球の支配権を奪い合う2方のどちらにも、わらわからすれば全く魅力が無いのだ」


「では、……貴女が魅力とするものは何です?」


 人狐さんが全く意味が分からないとでも言うような顔をしている。その反対に、アリヤはこの場の全てを掌握しているかのような微笑みを浮かべていた。アリヤの次の言葉を、僕と人狐さんが待ち望む。そして、アリヤはニコリと笑って口を開いた。


「それは、知らんな。わらわも分からん!!」


「……は?」


 アッハッハッハとアリヤが笑い声をあげた。反対に、人狐さんは目を何度も瞬きさせてアリヤの笑う顔を不思議そうに見た。そして、すぐに敵意に満ちた目に変わり、道具袋を開いて小刀を取り出す。


「おやおや、流石は野蛮人バーバリアンだ。自分が納得出来ないことがあると、すぐに手が出るな」


「黙れ!!やはり最低卑劣なドラゴンなどと話し合うことなど無駄だったわ!!」


 それを見たアリヤが煽り、その文句に対して人狐さんが怒鳴る。人狐さんが机を蹴り飛ばし、アリヤの喉元に切っ先を向けた。しかし、その場に異変が発生する。


「誠、こっちだ!」


「!」


 アリヤが僕の手を引いた。僕達はリビングから出て、アリヤの腕にもつれて廊下に転ぶように倒れる。


「頭を伏せろ、後口を開けて耳を塞いでおけ」


 アリヤが僕の頭に手を置き、廊下に密着させる。アリヤの指示に従いつつ、僕は出来る限りリビングに目を持っていくと、そこには1体の西洋風のアンティーク人形が居た。マズイと叫ぶ人狐さんの声が聞こえ、次に地狐さんを椅子から倒したらしい音が聞こえる。


 人形がボボボッとその体内に腫れ物が出来上がったように膨れ上がった。そして、強い光を発し、僕は反射的に目を閉ざす。


 直後、ボォンッ!!!とリビングの空間に爆発が発生した。爆風が僕のシャツをめくり上げ、一瞬だけ爆発によって発生した熱が背中を焼く。


「よし、早々に必要な荷物だけ持って来い。逃げるぞ!」


「わ、分かった!」


 アリヤが爆風が治まってきた頃合いを見て、僕に指示する。僕は何故人形が出てきたのかなどの疑問を感じる暇もなく、急いで玄関の靴箱にしまってある防災用具を一式仕舞ったカバンを取り出した。そして、靴箱の上に放ったらかしにされたバイクの鍵を取る。


 僕達は玄関から飛び出した。そして、ガレージに走り込み、慣れた手つきでバイクのエンジンをかける。ヘルメットを被り、激しく興奮した動悸を落ち着かせるために胸に手を当てて深呼吸をした。


「アリヤ、後ろに乗って!」


 僕はカバンを背中から腹の方に背負い直し、アリヤの座るスペースを作る。そして、予備のヘルメットを投げて渡した。彼女は迷い無く僕の腰に手を回して乗りこんだ。それを確認した僕はアクセルを利かせて出来る限りの速度を出して脱出する。


「ふふふっ!」


 後ろでアリヤが僕の背中に密着させながら笑う。横目に映る僕の家には煙が上がっていた。この状況で何に笑うことがあるのか分からない。むしろ僕はハッキリ言って泣きたかった。だが、彼女は確かに含みつつも笑っていた。


「アリヤ、……何か面白いことがあったのか?」


 僕は自分の家から離れるようにバイクを走らせる。渋滞で止まることも考慮して、出来る限り中心街ではなく住宅街の人目の少ない道を走っていく。その中で僕は彼女の笑いに質問した。すると、それに対する答えはすぐに返ってくる。


「んー?……ふふっ、よく考えてみよ。この状況、まるでおとぎ話に出る駆け落ちした姫と平民の男のようではないか!」


 この返答に僕はどう応じれば良いのかよく分からなかった。僕は何も言わずに、バイクを走らせることに集中する。そうしていると、アリヤが不満そうに僕の背中をポカポカと叩いてきた。


「おい、わらわは無言の時間というものが嫌いと言ったはずだぞ。わらわの言葉に何か感想というものは無いのか?」


 どうも今の言葉に何かしら感想を言えということらしい。しかし、まるでおとぎ話に出てくる駆け落ちとした男と女と言われてもどうしろと言うのだろう。それでは僕達が恋人のようだ。確かに、アリヤは可愛いが……ドラゴンだ。


「……せめて庶民の男じゃなくて騎士の方がいいな」


 そう言うと、アリヤはプッと吹き出す。


「ふふっ、騎士か!うむ、騎士も良いな。だが、騎士になりたいのであれば、せめてわらわを彼等から守ってみせよ」


 僕はアリヤの言葉を聞き、サイドミラーを確認する。すると、後ろに大型四輪らしい黒いワゴン車が走っており、その中には運転する人狐さんと意識を取り戻したらしい地狐さんが乗っているのが見えた。


「わかったよ!」


 僕はバイクを加速させる。

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炎竜アリヤは千年王国の鐘を鳴らす 一人暮らしの大学生「三丁目に住む黒猫ミケ @iai009

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