まわれタイやキさん

沢菜千野

ある秋の昼下がり

「あのアルバイトの娘、1日で上手くなったもんだな」


「そうね。見て、私のこの切り口」


「美しい。キミの切り口は他の誰よりもキレイだ」


「嬉しい」


 サバの言葉に、タイの身がほんのり赤くなる。


「タイちゃんを誘惑するな!」


「ああ、せっかくの白身がぁ」


「シネサバ」


「やばい、扉が開くぞ」


 他の切り身たちから、続々とブーイングが揚がる。


 しかし、冷蔵庫の扉が開くことで水を打ったように静かになった。


「注文入ったみたいだね」


「ええ。私、逝ってくる!」


 銀トレーの上で、タイは嬉しそうに身を引き締めた。


「逝ってらっしゃい、タイ」


「あなたも早く生寿司になってね。サバイバイ!」


「またいね……」


 そう言うサバの表情は暗い。


「俺、すしにはなれても、寿司にはなれないんだ」


 そう、生寿司きずしは、寿司ではないのだから。


 どうして寿司でないのに寿司と呼ばれているのかには諸説あり、一般的に――


「おい誰だ、鯖なんて冷蔵庫に入れたの。ウチでは出せねぇぞ」


「すいやせん! なんでも、親方が市場で見てつい仕入れたんだとか」


「……ったく、客にサバイバルご飯を強いるつもりかよ」


 その言葉とともに、サバは宙を舞う。


「今の俺、トビウオみたいにカッコいいだろ」


「素敵! 厨房に舞う魚になれるなんて」


 言葉は通じなくとも、切り身の繊細さで会話ができる。 


「旬なのにすまねえな」


 バッカンに入る直前、シャリの上でタイの晴れ姿を見ることができた。


 心残りはもうない。


「来世はマグロに生まれたいなあ……」





「――大当たりぃぃぃぃ」


「ママ当たった!」


「やるじゃねえか。我が息子よ」


「パパがいっぱい食べてくれたおかげだよ!」


「あら、良かったわね~。どんなのが当たったの?」


「えっとねえっとね、お魚の――」


 お客さんたちの笑顔を横目に、にぎり寿司はレーンの上を今日も回る。

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まわれタイやキさん 沢菜千野 @nozawana_C15

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