ダンジョンといえば(罠です)

都の地下深くに、その玄室はあった。

巨大な空間である。中心に置かれた大きな棺を守るように、多数の棺が置かれている。主人に付き従うために殉死者たちが葬られているのだ。更には多数の埋葬品。壁には神々へと捧げられた彫琢レリーフが刻み込まれ、主人の権勢を永劫に渡って伝えるであろう。

古の神殿の最深部。

偉大なる権力者の死後の生命と安寧を願って生み出された、それは墳墓であった。

されど。

神聖にして不可侵たるべき場所は、踏みにじられていた。侵入者によって土足で踏み込まれ、どころか邪なる闇の魔法によって穢されていたのである。

墳墓の新たなる主は、ローブにフードを深く被り顔を隠した、邪なる魔法使い。

魔法使いは考える。

追跡者たちへの対処は終わったと言ってよかろう。死体が上がればこちらに注意を向けぬはずである。しかし油断は禁物だった。前の体の時とて、せっかくうまく行っていた所で邪魔が入った。今度も入らぬとは限らない。速やかに事を為す必要があった。

祭壇に置かれたランプへ目をやる。

この中に封じられた古の妖霊ジンの力さえあれば、目的を達成することもできよう。

地上の都。人の類が繁栄する都市を、煉獄ジャハンナムへと墜とす。

それは地下深くに存在するという、冥界のひとつの名だった。

かつてこの地にあった都市が砂に埋もれたのも、の仕業であった。当時は失敗した。力が足りず、煉獄へと墜とすことは叶わなかったのである。

されど、今回は成功させてみせようではないか。古の妖霊ジンの力さえあれば、それは可能なはずだった。

偉大なる闇の神々よ。ご照覧あれ。


  ◇


がちゃ。

がらがらがら。

女人馬の足元からした音と、何やら機械が作動する音である。

「なっ、なんだ!?」「………っ!」「上っ!うえだあああああああああああ!」

上がったのは三者三様の声。

顔を上げると、何やら無数の棘が生えた天井が落ちてくるではないか!!

逃げる暇はない。

咄嗟に伏せた吟遊詩人と女人馬。

「……?」

顔を見合わせ、上を向いた両者は、見た。両手を上げ、上から降って来た吊り天井を支えているヴェールにフードの女の姿を。

死者は死なぬ。不死の呪いは彼女らに死を許さぬのだった。故に、吊り天井の棘は女賢者の掌に触れる寸前していたのである。

這う這うの体で部屋から這い出していく生者たち。女賢者も天井を支えながら後に続く。女賢者が部屋を出て天井を投げ捨てた直後。

がちゃん!

吊り天井が床にぶつかった。

かと思えば、それはがらがら、と音を立てながら上がっていくではないか。いかなる仕組みか、鎖に引き上げられているのだ。なるほど。ああやって何度でも侵入者を串刺しとする仕組みであろう。

「は……はは。死ぬかと思ったよぉ」

「……すまん」

引き攣った顔の吟遊詩人に女人馬は謝罪した。草小人は恐怖と疎遠であるが、確実な死が訪れた時は例外である。女賢者がいなければ一行は即死していたであろう。

一行は、既にかなり地下迷宮ダンジョンの奥深くまで入り込んでいた。探索は順調……とはお世辞にも言えない。あまりに広大過ぎたからである。疲れ知らずで不死身の死にぞこないアンデッドがいなければとっくの昔に力尽きていたかあるいは、撤退を余儀なくされていたであろう。肉体を奪われた男の霊より道順を聞いていて幸いである。

また、情報源はそれだけではない。

道中のそこかしこに死者の霊がたゆたっており、吟遊詩人は彼らから情報を得ながら道を進むことができたのだ。最近になって幾度もひとが通ったらしき痕跡も発見できた。

吟遊詩人を言い表す言葉はこと、地下迷宮ダンジョン探索においては有能の一言である。彼女の能力がなければ、女賢者たちは途方に暮れていたろう。

道中で遭遇する障害は迂回し、時に力押しで進み、一行は探索を続けた。

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