そうですシーフが増えたのはこのためですたぶん(思えばシーフ技能まである女神官は便利だったな……)

酷く埃っぽい空間だった。

一歩進むたびに土煙が舞う。松明は限られた酸素を着々と消費していく。四方、いやが、ナイフを差し込む隙間もないほどぴったりと組み合った石で組まれている。恐ろしく高度な技術の産物であった。

都の地下に、これほどの地下迷宮ダンジョンが広がっているとは。

「前々から噂はあったんだけどね」

しゃべったのは、先頭を行く草小人だった。吟遊詩人である。盗賊シーフの心得があった彼女は、一行が地下に潜る際に前衛を買って出たのである。一般に草小人は義理堅い。特に己の命を救ってくれた者に対する献身は驚くべきものである。

「噂か。ここはそんなに有名なのか?」

女人馬の問いに吟遊詩人は頷き返すと。

「そこら中に今でも入り口が見つかるみたい。まあ好き好んで入る人はあんまりいないけどねー」

それこそ盗賊や人殺しでもここに足を踏み入れるのは躊躇するという。それはそうだ。中は完全な闇。松明がなければ何も見えぬ。

さらに、吟遊詩人が言うには、様々な守護者ガーディアンや怪物、死にぞこないアンデッド、罠などが侵入者の行く手を阻む。遠い昔に滅びた都が砂に埋もれたのだとも、偉大な王の墳墓だったのだとも言われているが真相は闇の底だ。

話を聞いていた女賢者は、恐らく都だったのだろうな、と思った。都市は水源の近くにできる。その意味では巨大な川のほとりにあり、水運も活発なこの場所に昔の人々が都市を築いたのもうなずける話だ。もちろん墳墓の可能性も十分ある。あるいはまったく別の。いや、それらすべてを含めた場所だったのかもしれない。

時間があれば調査してみたかった。賢者に最も重要なのは好奇心である。それが失われた時、賢者は賢者たる資格を失うのだ。

とはいえ、今はやらねばならぬことがある。

「まて。……何かいる」

女人馬が槍を持つ手を挙げた。一同は停止。耳を澄ませ、神経をとがらせる。

やがて。

松明が照らし出すより向こう。闇の中よりふらり、と顔を出してきたのは、おぼろげな人型。

幽霊?いや、違う。

そいつは、アッシュだった。人型に舞う、希薄な怪物は死霊魔術で作られた死にぞこないアンデッドだ。既に燃え尽きているから炎は効かぬ。宙を舞い散る灰であるから剣も効かぬ。一方奴らは、人の類の呼吸器系へとするりと入り込み、窒息させることができた。強敵である。

女賢者の警告に、皆が戦いの構えをとった。


  ◇


時間は少々巻き戻る。

川岸で女賢者一行が死体を検分した際、吟遊詩人は自らの魔法を披露した。

死者と言葉を交わす魔法。死霊魔術の一派である。それで死体の霊と言葉を交わした彼女は、驚くべき事実を聞き出した。

死体となった男は、体を奪われていたのだという事実を。

話を伝え聞いた女賢者は、すぐさまそれを為した秘術の正体を推測した。魔法の壺マジック・ジャー。他者の肉体を奪う魔法である。男の肉体を奪っていた術者は大層力ある魔法使いに違いあるまい。その魔法使いは自らを追う者たちに気が付いた。女賢者の位置探知ロケーションがきっかけとなったのは間違いなかろう。下手人の死体が上がればそれ以上の追跡はないと考えたに違いない。魔法使いは男を殺し、そして部下たちに命じて河に死体を捨てさせた。

男の霊は、その道筋を覚えていた。彼は都の地下に広がる迷宮から運ばれてきたのだ。

それらの事情を聴取し終えた一行は、死体を丁重に扱った。彼も犠牲者であるというならば粗雑に扱う理由はない。太陽神の神殿に布施を払って荼毘に付し、冥福を祈った。

それらを終えると、三人は準備を始めたのである。今ならば件の魔法使いも油断しているだろうと見越してのことだった。

今。広大な地下迷宮ダンジョンの探索が、始まった。

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