働いてる働いてる(何らかの力当人の発言)

―――これで何度目だろう。

女賢者は、胴体と生き別れた生首をしながら思った。

死なないのは便利だが、こうも首に被害が集中すると何らかの力が働いているのではないかと疑ってしまう。恐らく実際には偶然なのだろうが。

気を取り直した彼女は、横で呆然としている草小人を放置し、魔法で縛り上げた小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンへと歩み寄った。魔法の縄ルーンロープは不可視にして不壊の魔力の縄で対象を捕縛する秘術である。抜け出るのは不可能だ。

こいつを尋問しなければ。貴重な手がかりである。

決心すると、女賢者は仕事に取り掛かった。


  ◇


「ちょ、ちょっと待ってよー!」

先行する女たちを追いかけているのは吟遊詩人。

小鬼ゴブリンどもを始末し、小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンより情報を何やら引き出した女たちふたりは、用事が住んだ、とばかりに道なき道を旅立ったのである。戦いの疲れなど感じていないかのようであった。星天の下、低木と草ばかりに覆われた大地を先へ先へ進んでいく。太陽が昇れば進むのは困難になるから、賢明な判断ではあろうが。

「―――どうしてついてくる」

女たちの一人が振り返り、訪ねてきた。黒髪に遊牧民風、槍を手にした人物である。

吟遊詩人は答えた。

「えー?だってそりゃあ、いい歌が作れそうだもの。あんたたち凄いよ!あの距離で槍を当てたり首を刎ねられても生きてるんだもん!」

「……ぅ…」

褐色の女―――刎ねられた首を抱えたまま―――が渋面を作った。

私は生きているわけではありません、と訂正する。

「うん。首が繋がってる首なし騎士デュラハンなんて初めて見た!!驚いたよもー。最初から首が取れてたら一発で分かったのにさー」

吟遊詩人は己の不覚を反省した。まさか死にぞこないアンデッドを見誤るとは。恐らく魔法で首を繋いでいたのであろう。そりゃあ死にぞこないアンデッドにも魔法使いはいるよね、と納得する。

「…どこまで来る気だ?」

「うん?飽きるまで!!」

屈託のない笑顔で答える草小人に、遊牧民の女は渋面。やがて諦めたか、彼女は投槍に行った。

「勝手にしろ。だが私たちの邪魔だけはするな」

「勝手にする!!」

こうして、女ふたりの一行は一人増えた。


  ◇


「やれやれ。妙な事になったな」

「…ぉ……」

野営の準備を始めた女人馬は、増えた同行者に目をやりながらつぶやいた。女賢者もそれに苦笑しつつ同意する。

野営と言っても低木の下に人ひとり横になれる程度の天幕を張るだけだが。

ふたりが小鬼ゴブリンの集落を襲撃したのは、ランプを奪った隊商たちの行方を調べるためである。人間と小鬼ゴブリン変身巨人トロゥルの組み合わせからみて奴らが神官か魔法使いを首領とする闇の軍勢であることは想像に難くなかった。人目について移動できぬであろうから、闇の種族の領域を進んで行ったのであろう。その推測に基づいてふたりはここまでやってきた。運のよい事に、小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンは二人の知りたいことを知っていたから、礼として苦しませずに殺してやったものである。

まあ草小人という余計な荷物がくっついてきたのは想定外だったが。どうも危険な冒険心に取りつかれてこんな危険な荒野を旅していたようだ。草小人は恐怖と疎遠である。常人ならば足踏みするような場所へも彼らは立ちいった。

傍では、干し肉を火であぶっている草小人の吟遊詩人の姿。あれと乳製品、水袋の中身が今日のの全てである。

「はい。どうぞ」

女人馬へと干し肉を手渡すと、自分のぶんをむしゃむしゃと食べ始める吟遊詩人。

その様子を、女賢者はうらやましそうに眺めた。もうずいぶんと長い間、飲食していない。

やがてよっこいしょ、と立ち上がった女賢者は、自分も眠る準備をするべく服を脱ぎ始めた。太陽が顔を出す前に墓穴を掘らねばならない。

作業を開始してしばらくして。今日の寝床が完成したころ。

後方で、琴を奏でる音。

振り返ってみれば、吟遊詩人が馬頭琴を奏でているのだった。続いて上がる歌声にこもった霊力は、女賢者の魂を揺さぶる。

鎮魂歌レクイエム。死者の安寧を願う曲だった。

音楽とは魔法である。聞いた者の心に響く霊力を備えたそれは、女賢者に安らぎを与え、そして眠りへと誘った。

陽光が差し込む中、一行は眠りに就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る