第六話 こーひーぶれいく その2

そういえばケンタウロスってくさそう(自分の尻も拭けそうにない女人馬)

人馬ケンタウロスは、馬に乗れない。

考えてみればこれは当然で、馬の下半身を持つ彼らが馬にまたがることはできなかった。仮に乗れたとしても重さで潰してしまう。

だから、女人馬も遊牧民でありながら乗馬の経験はない。女賢者も馬の操り方を知らなかったから、追跡行は徒歩となった。

実の所人間の持久力と速度は決して馬に劣るものではないのだが(どころか部分的には上回っている)である女人馬にそんな能力の発揮は不可能であった。刺青の魔法を考慮に入れてもである。速度は遅い。だが仇を逃がす心配は少なかった。魔法があったからである。

略奪者たちの逃げた方角は分かっている。女人馬の魔法で痕跡を追尾したのだった。彼女の魔法は祖霊トーテムに連なる生物たちとの意思疎通を可能とする。草原の狼たちは、闇の軍勢の行軍を目にしていたのだった。

とはいえこのままでは距離が離されるから、ふたりは急いだ。後始末も最小限に行動に出たのだ。女人馬が書いた手紙は女賢者の魔法で近隣の遊牧民の有力者たちの下へと届いたから、後のことは彼らがしてくれるだろう。残して来た家畜や一族の財物は、持っていくには少々多すぎる。

そんなわけで、夜空の下を女ふたりの追跡が始まった。


  ◇


―――中々に辛そうだ。

女賢者の感想だった。

人馬ケンタウロスの身体能力は人間とは段違いである。馬の下半身だけではない。人間の姿をした上半身からして、常人は比べ物にならぬほど優れた肉体的能力を持っているのだった。それがいきなりただの人間の小娘へと変えられてしまった女人馬の苦労たるや、想像する事しかできぬ。

先行する彼女の後姿を見る。

他者変身ポリモルフの魔法は肉体構造も正確に再現する。今の女人馬は体の中身まで完全に人間なのだ。やろうと思えば容姿すらも自由自在だが、そこは本人の面影を残している。服や武装のサイズも上半身に限れば合うが、今の彼女は革鎧も鉄兜も身に付けられない非力な女だった。だから武装は手にした魔法の槍のみ。

着衣は遊牧民の一般的なもの。靴は故人のものから合いそうなものを適当に見繕った。死者も許してくれるだろう。女人馬はこの靴という代物にも苦戦していたが。

それにしても。彼女は、この追跡行を終えた後どうするつもりなのだろうか。

彼女はもはや人間として生きるしかないが、人並みに生きられるかどうかは不明である。他者変身ポリモリフの影響下にあろうと彼女が人馬ケンタウロス族であることは変わりない。知人を頼るわけにもいかぬだろう。姿が変わってしまっているから。子を産めるかどうかも分からなかった。してみてもいいかもしれぬが。

女人馬の将来は暗い。最も、既に生命すら失っている女賢者の方がはるかに深刻ではあるが。

問題の品に封じられている妖霊ジンは神話時代の存在である。その霊力ならば大抵の無理難題は解決できようが、期待はせぬ方がよいだろう。扱えるとは思えなかった。

ふたりはこの日の行程を追え、日が昇る前に野営の準備に取り掛かった。

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