墓場を修理しててよかった(いやよくないやろ)

目が覚めた。

女人馬の視界にまず入ったのは、天井。フェルトでできた、見慣れたものである。

右を見る。

左を見る。

自宅ではない。ないが、一族の移動住居ユルトに相違あるまい。

そこで、ふと体に違和感。己はいつも横向きに寝ているが―――人馬ケンタウロス族は体の構造上仰向けに寝られない―――なぜ、目覚めて最初に天井が見える?いや、自分はどういう姿勢で眠っている?

身を起こす。

見慣れた下半身は、そこにはなかった。以前一度だけ魔法で変わった姿。人間の下半身を持つ自分が、そこにはあった。他者変身ポリモルフの魔法であろう。一度経験していなければパニックになっていたかもしれぬ。

頭がすっきりしない。何が起きたのだろう。どうして自分は他所で寝ていた?

「―――誰か」

そこで、思い出した。

自分が変身巨人トロゥルと戦ったこと。集落の方で爆発や閃光が上がった事。戦いに敗れたことも!!

―――何故、私は生きている?この状態はなんだ!?

立ち上がろうとしたとき、枕元に置かれていた愛用の槍に気付く。貴重な、魔法の品。掴んで改めて立ち上がった時、入り口から気配がする。

ほとんど反射的に、女人馬は槍を突き出した。腰を抜かしへたり込む侵入者。

「―――!?」

一拍置いて、女人馬は相手が知り合いであることに気が付いた。褐色の肌。肉感的な肢体。女賢者がこちらを見上げていたのである。

「お前……すまん。

これは、一体」

槍を引き、代わりに女人馬は手を差し出した。掴み返して来た相手の手は、驚くほどに冷たい。死体なのだから当然なのだが。

立ち上がった女賢者は、ひとまず腰を落ち着けることを要求した。女人馬も頷くと、適当な場所に腰を下ろす。

対面に座ると、女賢者は口を開いた。


  ◇


「―――みんな、死んだ……?」

女人馬は呆然と呟いた。

昨夜の襲撃。隊商に扮した闇の種族たちは、どうやら油壷に小鬼ゴブリン変身巨人トロゥルどもを潜ませていたらしい。各住居に泊まった者たちの手引きで遊牧民たちを皆殺しにした奴らは、妖霊ジンの封じられたランプを奪っていったのだ。女賢者も戦ったが、何しろ生首だけである。逃げるので精一杯だった。

女人馬は死んだと思われていたのだろう。集落の外に放置されていたのだ。人馬ケンタウロス族はらしく、人の類を好んで食う闇の怪物どもも食べないのが幸いした形か。それを駆け付けた女賢者の首から下が発見し、使える住居(死体を片づけたうえで)運び込んで手当てを施した。最も、それだけでは間違いなく助からなかったであろうが。

全身打撲。肋骨はへし折られ、内臓は破裂し、足は骨折。頭蓋骨も陥没していた。治癒の加護でもなければ助からぬ。

あるいは、魔法。

他者変身ポリモルフの魔法は被術者を別の生物に変えることができる。それでひとまず人間の女性へと変じさせたのである。

もっともこれは応急処置に過ぎない。術が解ければ負傷は元通りになってしまうからである。変身している間は傷が消えているから、自然治癒する事もなかった。ない傷が治る道理はない。治癒する術を別に用意しない限り、女人馬は一生他者変身ポリモルフを解除できない体となった。術が永続する事だけが救いであろう。

「……立場が逆転か」

女人馬は、相手の顔を見て呟いた。首を人質にして女賢者に命令していた自分が、今度は女賢者に命を握られている。他者変身ポリモルフは術者の一存で解除できるから、つまり女賢者は今の自分を簡単に殺せるのだ。もちろん殺すつもりなら助けはすまいが。

「だが。願わくば、ひとつだけ願いを聞いてくれ。

一族の仇を取り、宝を取り戻したい。それが終われば、私をいかようにしてもらっても構わない。だから……!」

床に額をこすりつけんとするほどに頭を下げる女人馬。そんな彼女に対し、女賢者は思案すると、最初の命令を下した。


  ◇


墓地だった。

青空の下、真新しい墓穴に遺体を納めていくのは土人形ゴォレム骨の従者ストーンサーヴァントなどの魔法生物たちである。

葬送であった。

女賢者に指揮された魔法生物たちに葬られていく一族の様子を、もはや人間となった女人馬はただ、眺めていた。

やがて葬儀が終わると、女賢者は振り返る。女人馬も頷き、二人は旅だった。

追跡に向かうのだ。

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