忙しい(作者が)
女賢者は、ふと目を醒ました。
といっても袋詰めだから周りは見えない。なにやら不審な霊気を感じたのだが。これは一体?
悩んだ末、魔法の助けを借りる事とする。精神を集中し、発動した秘術は
生首から───いかなる理由か首からでも胴体からでも離脱するときは自由である───抜け出た彼女の魂は、ちょうど袋の前にいた相手と正面衝突する羽目になった。
そう。血刀を下げ、祭壇へ手を伸ばそうとしていた人間の賊へと。
もちろん霊は物体に触れることはできぬ。するり、とすり抜ける女賢者の
『───!?』
そこで彼女は、予想を遙かに越える凄惨な光景を目にすることになった。
死んでいた。
一人残らず。住居の中にいた人たちが。子供たちも。族長も。奥方も。元服したばかりだという息子も。その姉も。
───なんだ。これはなんだ!?
混乱が彼女を襲っていたが、それは賊の側からも同様である。ぽかん、としている間に彼らは貴重な時間を無駄にした。奇襲攻撃より女賢者が立ち直るのを黙って見ていたのだ。
致命的な隙。
霊の口より呪句が響きわたるのを聞いて慌てても、もう遅い。
強烈な
◇
閃光が、迸った。
奇襲に失敗したことを悟った男は、即座に詠唱を開始した。たちまちのうちに掌に出現した
住居へと投げ込まれた魔法は凶悪なまでの破壊力を発揮した。弾け飛び、熱と衝撃をばらまいたのだ。ランプは太陽神が作りし品である。火の魔法で破壊されることはありえぬから問題ない。生き残った部下が仮にいたとしてもこれで死んだろうが。
そんなことよりも敵だ。
「出てくるぞ!」
部下の一人が叫んだ。
燃えさかる住居。揺らめく炎の中より歩み出たのは、凄絶なるまでの美しさを備えた、女。熱を物ともせずに歩み出るそいつに、闇の軍勢は気圧された。
だが何よりも異様なのは───
「影が、ない……?」
別の部下のつぶやき。
その通り。女には影が。いや、実体がなかった。まるで自身が陽炎そのものであるかのように、姿が透けていたのである。強力な霊体なのは明らかだった。
魔法使いは、女の姿に覚えがあった。
───こいつは!
うかつだった。いないと思い込んでいたのが仇となるとは!
最悪だった。こいつを殺せるのは己だけ。それも物理的に作用する魔法はだめだ。相手がどのような性質を持つ不死の怪物なのかを知ることが出来ればまだ対処の仕様もあるものを!
どちらにせよ逃げられぬ。ならば受けて立ってやる。
魔法使いは、次なる詠唱を開始した。
◇
───危なかった
女賢者は心底肝を冷やしていた。敵が投げ込んだのが
まずはこいつらを滅ぼさねば。
女賢者と敵、首魁らしい男は同時に詠唱を開始した。
いや。
敵の方が早い。魔法、いや、これは闇の神々に捧げる聖句か!?
術の完成は、男の方が早かった。
直後。
衝撃が襲った。並や大抵のものではない。一瞬、意識が飛びかねないほどの威力。いや、女賢者が並の術者であれば霊そのものを砕かれ廃人と化していただろう。
ただの一撃で、女賢者の余力は残らず消し飛んでいた。もはや大きな魔法は後一度しか使えぬだろう。その前に次の攻撃を受けるのは明らかである。
───勝てぬ。
判断した女賢者はだから、撤退を選択した。死ぬまで戦う意味はない。
そう。
吹き飛ばされ、草原に転がった女賢者の生首。その姿が掻き消えた。
◇
───どうして助けが来ない。
女人馬は、追いつめられつつあった。すでにその身は、何カ所もダメージを負っている。肋骨は折れ、擦り傷や打撲は数え切れぬ。右腕などはあらぬ方向を向いていた。
それほどの時間戦い続けたわけだが、しかし敵手はピンピンしていた。傷つくどころか疲労すらしていないように見える。体格差は明白。このまま己は
そのときだった。
閃光。そして爆発音。
集落の方から聞こえてきたそれに、女人馬は助けが来ない理由を知った。敵は一人ではない。多勢なのだ!
気を取られた事で生じた隙。敵はそれを見逃してくれるほど甘くはなかった。
「───!」
女人馬の胴体に食い込む拳。
致命傷である。
「……不覚」
大地へと転がった彼女は、燃え上がる炎を見上げながら意識を喪失させた。
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