生首ころころ(ある意味一番デュラハン生活を満喫しているデュラハン)

ごろごろ。ごろごろ。

移動住居ユルトの中では、小さな子たちが遊んでいた。族長や他の家族の子供たちである。まだ外に出ていくには小さすぎる子供たちは、こうして住居の中で守られる。面倒を見ているのは、今、住居の入って右側で調理をしている歳のそこそこいったご婦人。族長の奥方であった。

ストーブで調理されつつあるのは家畜の肉。遊牧民の食事は一日二回、朝夕である。朝は乳茶と自家製の乳製品。乳酒などで腹を持たせつつ、夕食には麺類(穀物は交易で手に入れる)、屠った家畜の肉を蒸したりゆでたりといった調理を行う。乾燥した気候で肉の保存性が高いためか、香辛料はほとんど使われないのが特徴だった。

奥方は時折子供たちの方を見るが、基本的には料理に専念している。子供たちが遊びに集中していることもそうだし、それに頼りになるがもう一人、付きっ切りで子供たちの相手をしてくれているからでもある。安心していられた。

もっとも、子守である女賢者は安心どころではなかったのだが。何しろ子供たちにごろごろと転がされているのは彼女自身の生首だったのだから。

―――いくら何でもこの扱いはあんまりではなかろうか?

そんな事を思う女賢者。

死者は不死だし病とも無縁であるがしかし、こう何度も転がされていると目が回ってくる。ここにはいない首から下は魔法を使い切ったために、墳墓で中だが。

そうこうしているうちに、今度は子供たちが何やら女賢者の顔をぺちぺちと叩き始めた。するかと思いきや、顔面に当たる子供たちの手。痛くはないがこれはどうなっているのか。恐らく怪我をしない程度の威力だから不死の魔法も働かないのだろう。どの程度の威力からするのだろうか?

現実逃避を始めた女賢者であったが、ふと我に返る。

「……ぉ…!」

子供たちはともかく奥方は魔法使い。死者の声を聞けるはずであった。助けを求める女賢者。

奥方は振り返ると、それに答えた。

「ああ。もうちょっと待っててくれないかねぇ。すまないねぇ」

現実は非情である。バッサリと救援を断られた女賢者は、なすすべもなく子供たちのおもちゃとなる他ない。

結局女賢者は、夕食の時間まで子供たちに弄ばれ続けた。


  ◇


「いやぁ。助かったよ」

「………ぅ」

夕食の席でのこと。

奥方は、ストーブを囲む輪の中にちょこん、と置かれた女賢者の生首へと礼を言った。子供たちによる暴虐をなんとか耐えきった女賢者は苦笑する。

この遊牧民の一族は、現在人手不足の状態にあった。先日の戦闘で若者が何人も死んだためである。遊牧民も女は屋内での仕事をする傾向があるが、そうもいってはおられない。子供たちが一か所に集められて面倒をみられていたのもそこに起因する。

しばらくすればそれも落ち着こうが。

女賢者は、屋内へ視線を巡らせる。

奥の祭壇には例のランプ。家長である族長、奥方。両者の子である、若い男女や小さな子供たちもいる。その中に一人混じっている女人馬。

―――異種族を一家に迎え入れるというのは珍しい。一体どのような経緯なのか。

女賢者は、興味をそそられた。

他に、家畜や馬。牧羊犬まで含めて族長の一家とその全財産、ということになる。ほぼ同様の家族が他にも集まり、この地には一時の集落が形成されていた。

―――まあ、悪くはない。

少なくとも、今の女賢者の姿を恐れないひとびとは貴重ではあった。いつまでこの生活が続くにせよ。子供たちに転がされたりよだれをなすりつけられるのはたまったものではないが。

しばしでの暮らしを楽しむのも悪くはなかった。

そうこうしているうちにも夜は更けていき、食事を終えた人々は眠りについた。


  ◇


欠けた月が照らすフェルトの家々の合間。

夜の見回りをしていた若者は、丸くなっていた犬がこちらを見たのに気が付いた。

「お。起こしちまったか。すまんな」

「きゃぅん……」

犬は若者の足元までとことこと歩いてくると、じゃれついてきた。

「おぅ、よしよし……」

この犬は中々に賢かった。まるで人間であるかのように、正確にこちらの指示に従うのである。元々は、あの裏切り者。ランプを奪った魔法使いの少女がよく面倒を見ていたのだが。ひょっとすると、魔法の力だろうか?いやまさか。

魔法なわけはあるまい。犬は今も賢さを保っている。少女は死んでいるというのに。

「やれやれ。さっさとランプを元の所に収められたらいいんだけどな。墓の修理が終わるまで、俺たちで守らなきゃならん。お前も頼んだぞ」

ひとしきり犬を撫でた後、見回りに戻る若者。

彼は、魔法について詳しくなかった。

だから彼は気が付かなかった。魔法使いと感覚を共有する、使い魔の存在に。

若者の後ろ姿を、犬はじっと、見つめていた。

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