首を切断しないとデュラハンちゃうからな(発想の逆転)

―――SHHHHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


背後からの一撃を、女賢者は背に受けた。振り返る途中だった彼女に命中確実と見られた棍棒はしかしする。

されど、敵は素早い。振り向き切った女賢者が腰のものに手を伸ばしたとき、半魚人サハギンは既に数歩後退していた。早い!

「ぐあっ!?」

隣では壮年の男が手を押さえ、後方へとひっくり返る。いや、自ら転倒して二撃目をかわしたのだ。上がる水飛沫。女賢者はそちらへと助けに入る。やはり後退するもう一匹の半魚人サハギン

女賢者は前に出た。生者たちを庇い、剣を構える。

見れば、地下運河カナートの奥、今自分たちが来た側にはさらに数匹半魚人サハギンがいるではないか。恐らく地上から回り込んだのだろう。油断だった。おまけに太ももまで水に浸かる環境である。人間より奴らの方が有利だった。もちろん死者なだけで人体である首なし騎士デュラハンにとっても条件は同じだ。

それでも敵の武器がただの棍棒ならば問題はなかったが。


―――RURURURURURRRR……


敵、二匹の前衛は。彼らが自らの魂に築いた祭壇。そこを通じて精霊神より与えられた強壮なる霊力は、棍棒に宿る神聖なる武具セイクリッド・ウェポンとして顕現したのである。

強大なる神の加護があれば、死者すらも殺せよう。

唸り声を上げて威嚇してくる敵勢。奴らに対し、女賢者は踏み込んだ。


  ◇


―――魔法か。

棍棒がした原因を、首領リーダーは正確に見抜いていた。どのような性質のものによるかまでは分からなかったが。この、顔を隠したニンゲンは強敵である。だから貴重な神の援助、二回目のそれを引き出し武装に付与したのだ。

対するニンゲン―――女であろうか?―――は踏み込んで来ると、強烈な刺突を放った。それをしゃがんでかわしながら、首領リーダーは棍棒を振り上げる。

果たして、敵は回避を選んだ。再び開く距離。神聖なる武具セイクリッド・ウェポンを脅威とみたに違いない!

再びにらみ合い。隣の仲間も棍棒を相手へと向けている。足場は奴の太ももまで水である。こちらが圧倒的に有利だったが油断はできぬ。

だから、首領リーダーは背後の仲間。祈祷師シャーマンへと命令を下した。

―――敵を魔法で攻撃しろ!


  ◇


―――まずい。

女賢者は窮地に陥っていた。敵は多勢なのに対してこちらはもはや一人。壮年の男は腕が折れたらしく戦力外だった。魔法も使えぬ。敵を一網打尽にできる術を使えば地下運河カナートは崩れるだろう。稲妻ライトニングボルトは一直線に飛ぶが、足元は水。自分たちまでしてしまう。その他の魔法にしても決め手を欠いていた。いや、そもそも詠唱を開始した時点で敵は襲い掛かってくるだろう。

と、その時。

朗々と響き渡る奇怪な詠唱。それが力ある魔法の文言、精霊への祈願である、ということが女賢者には理解できた。魔法だ!!

慌てて踏み込んだ女賢者へ、強烈な二方向からの衝撃波フォースが襲い掛かる。弾き飛ばされる褐色の女体。

そこへ、魔法が完成した。立ち上がろうとした女賢者の眼前でたのは、水。それは刃へと姿を変え、そして自らの役目を果たす。

強烈な水刃ウォーターカッターが女賢者に襲い掛かり、首を切断した。


  ◇


―――ああ。なんということだ!

壮年の男は、女賢者の首が飛ぶ瞬間を見ていた。眼前に落下し、そのまま水中へと沈んでいく生首。水でめくれ上がったヴェールの下、麗しい顔が一瞬だけ見えた。

その唇が動いたのも。

死の瞬間、彼女は一体なんと言おうとしたのだろうか。分からぬ。分からぬが、自分も助からぬであろう。半魚人サハギンどもへと向き直り、壮年の男は最期の瞬間を待った。

だから、襲い掛かって来た敵勢の棍棒が留められたとき、彼はぽかん、とした。

首のない死体。女賢者の肉体が立ち上がり、敵の攻撃を剣で受けたから。

彼は魔法使いではなかったから、首を失った女賢者の霊が唱える呪句も聞き取れなかった。

眠りの雲スリープクラウド。女賢者の生首が万物に宿る諸霊へと求めた助力の名は、そう呼ばれた。

狭い地下運河カナートに充満するは、この場にいるすべてのする生物へと襲い掛かる。

そう。人間たち。そして肺魚である半魚人サハギンたちの呼吸器より血中へと侵入し、そして眠りへと落としたのだった。

意識を喪失する瞬間。壮年の男は、首のない女体を麗しい、と思った。


  ◇


―――うまく行った……

女賢者は敵勢にとどめを刺しながら思った。

咄嗟に眠りの雲スリープクラウドを用いたが、水中で暮らす半魚人サハギンに通用するかどうかは賭けだった。無事に効いてくれて助かったというところか。もちろん死者である女賢者自身には効果はない。この場にいた人間の男たちは巻き添えで眠ってしまったが。

敵を一掃し終えた女賢者は、水中に手を突っ込み生首を探す。おっと。水流が案外強い。転がっていく。待て、こらっ。

悪戦苦闘し、何とか拾い上げた生首。妙な気分だった。自分の顔を自分ので見るのは。

さて。魔力が残っていて助かった。人にこんな姿を視られたら大変である。

女賢者は首の断面を合わせると、形状変化シェイプ・チェンジの詠唱に取り掛かった。

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