第七部たぶん完(今回あれ出すの忘れてたからここで)

「―――とまあ。そういうことが昔あったのさ」

そうして、ローブのは長い話を締めくくった。

夜空の下、焚火を囲んでいるのは彼ともう一人。奇怪な骨の甲冑に身を包み、そして傍らに布で包まれた大きな塊を置いた若い女だった。鍛え上げられた肉体と、驚くべき美貌を備えた彼女は顔色が大変に悪い。いや、それ以上に特徴的なのは首と胴体が生き別れている、という事。それでも生命があるのだ。

偽りの生命が。

首なし騎士デュラハン。そう呼ばれる高位の死にぞこないアンデッドである。恐るべき身体能力と、そしてほぼ完全な不死性を備えた怪物だった。もっとも彼女は、人間の心と武人の誇りを保っていたが。

彼女は―――は、師匠である死霊術師から視線を逸らし、傍らの布包みへと目をやる。

異界の神々。鋼の軍神マシンヘッドと呼ばれる異世界の生命の欠片へと。

「……ぉ……」

「俺も驚いたよ。あれから125年も経って、また異界絡みの事件にかかわる事になるなんてな」

「……ぁ……ぅ…」

「まぁなあ。師匠に会ったら報告しなきゃいかんな」

女騎士は、思いを馳せた。師匠のそのまた師匠だったという女性。自分と同様の首なし騎士デュラハンだったという女武者がいたからこそ、今自分はこうしているのだ。

この体は不便だが、不幸ではない。

「…ぅ……?」

「うん? 他の連中なあ。妹と最後に会ったのは八十年ほど前か。まだ生きてるだろう。たぶん東方をほっつき歩いてると思う。

ああ。そういえば剣士のおっちゃん。ほら、目をやられてたおっちゃんな。あの人も百年以上前にこの辺で会ったよ。

子孫が港町で道場開いてるはずだ。今の当主とは会ったことないけどな。

さて、そろそろか」

焚火にかけていた鍋を降ろそうとした矢先。

ふたりは、びくり、と動いた。

「―――聞こえたか?」

「…ぅ……!」

女騎士は立ち上がり、駆けだした。


  ◇


姉弟は、走っていた。深き闇の中。星々の光すらも遮る森の木々の下を、懸命に。

背後から重く響くのは足音。その主がとてつもない巨大さを備えていることが推察できた。

姉弟の懸命な逃走にも関わらず、追跡者は離れない。どころか距離をこちらに詰めてすらいただろう。

やがて、疲労が限界となったか。弟が足を取られよろめいた。ふわり、と宙を舞い、そして大地へと激突する。振り返った姉は、見た。

背後より追いついてきた、巨鬼オーガァどもの巨躯を。

―――駄目だ。追いつかれる。死ぬ。

弟を見捨てればあるいは自分だけは助かったかもしれぬ。されど、その選択肢は姉にはなかった。彼を助け起こし、立たせ、そして抱きしめる。最期の瞬間。弟が少しでも恐怖を覚えなくて済むように。

こちらに伸びて来た怪物の腕は、女の胴体ほどもあった。

―――ああ。神様。誰か。誰でもいい。

「……たすけて」

姉は、。祈りながらも、迫る死をしっかりと見据えていた。

だから彼女がこの後に起きた光景を目の当たりにしたのは、必然である。

腕が、飛んだ。鋼鉄の強度を備えた巨鬼オーガァの腕が切断されたのだ。驚くべき太刀筋によって。


―――GGGGGGGUUUUUUUUUGYYYYAAAAAAAA!?


響き渡る苦鳴。巨鬼オーガァの悲鳴を、姉弟は生まれて初めて聞いた。

割って入って来たのは、騎士。人骨で出来た奇怪な甲冑でも隠し切れない優美な、それでいて鍛え上げられた肢体は女のもの。背を向けていてさえ、その優美さは推察がついた。女の騎士。だった。

振り上げられた刃は、腕を失った巨鬼オーガァの胴体をたやすく両断する。

どう、と左右に斃れる屍。

敵を仕留めた女騎士は、こちらを振り返る。

そこで、姉は気が付いた。相手には致命的に欠けている部分がある、と。

そう。首がない。たった今怪物を仕留めた女騎士は、自らもまた怪物だったのである。

だが。怪物が刃を納めるだろうか。こわごわと、まるで拒絶されるのを恐れるかのように手を伸ばすだろうか。

人を助けるだろうか。

そんな事を思いながら、姉は。弟ともども、意識を喪失させた。


  ◇


「……昔を思い出すねえ」

小脇に女騎士の生首を抱えた死霊術師は、気を失っている姉弟をそう評した。かつて妹を守るために小鬼ゴブリンへ立ち向かった自分。それと重ねて。

女騎士のは、彼らの村の方へ向かっている。闇の怪物どもの襲撃から人々を守るために。彼女に任せておけば大丈夫だろう。

師匠は、善くあれ、と常に説いていた。誰かに助けてもらった分は、その分別の誰かを助けて返しなさい、と。

自分にはそれができているだろうか。

そんな事を思う。

「……ぁ……」

「うん? そうだな。まずは行動だ」

大陸の夜は昏い。

されど、光を嫌い闇に潜む者全てが邪悪とは限らない。

闇の中にも、救いはあるのだ。

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