第八部

第一話 女賢者、死す

名前も導入もええ加減思いつかないぞ!(どーすんだよ)

「くっ!殺せ!!!」

「ほう。そうまでして死に急ぐか。よかろう」

振り下ろされたのは、肉厚の刃。

視界がずれた。石畳が急速に迫ってくる。いや、近づいているのはこちらか。

―――ああ。首を断たれても、すぐには死なぬのか。

そんな事を思う。

転がった首。

彼女が最期に見たのは、首の切断面を晒した女体。無残に辱められた自身の肉体を哀しみながら、意識が遠のいていく。

窓より差し込んで来る月光の下。

女賢者は、死んだ。


  ◇


―――眠い。いや、だるい。目を開きたくない。起きたくない。

凄まじい疲労感に悩まされながらも、女賢者は

「……ぁ……」

声が出ない。喉がひゅーひゅーする。いや。何かおかしい。ここはどこだ?

そこは、石造りの部屋だった。さほど大きくない。両手両足を伸ばせば二人で端から端まで届くだろう。そんな場所。

どうやら自分は座らせられているのだろうか?ちょうど視点の高さがそれくらいである。

周囲を見回そうと、

いや。

首を動かそうとして、動かないことに気が付いた。

首だけではない。手も。脚も。胴体も。首より下が動かない。いや。感覚が全くなかった。一体どうなっているのだろう。

それに不審な事ももう一つ。灯りが全く見当たらぬというのに、まるで昼間であるかのようにものがよく見える。おかしい。別に暗視の術など心得てはいないのだが。

意識が段々とはっきりしてくる。それと同時に強まってくるのは寒さ。何だろう。冷気というより、魂の奥底から湧き上がってくるかのようなすさまじい寒さ。

やむを得ない。こういう時は魔法の力に頼るのが一番であろう。精神を集中する。肉体から抜け出せば、どうなっているか俯瞰できるはずだった。幸い、この秘術は呪句も印もいらぬ。

やがて完成した魔法。幽体離脱レイスフォームの名で知られる秘術を発動させた女賢者は、肉体から

それは、他者から見れば、透き通った褐色の肌を持つ美女の霊魂。そう見えただろう。

ようやく自由に動けるようになったところで、振り返る。

そこには、目を閉じた自分自身の顔があった。整った顔立ち。流れるような髪。肉感的な唇。褐色の肌はどこか血色がない。

ここまではまあ、見慣れた己自身の姿である。

だが、それ以外は見慣れた、では済まなかった。

ないのだ。あるはずの、蠱惑的な肢体が。

首から下が、ない。麗しい生首だけが、石造りの台の上にぽつん、と置かれていたのだ。

女賢者は、絶叫した。


  ◇


響き渡った。声なき死者のそれは、しかし多くの者が聞き取っていた。何故ならば、悲鳴の響いた山城の住人は、その大半が死者たちだったからである。

乾燥死体マミィが。動く死体リビングデッドが。屍人ワイトが。それら不浄なる怪物どもが、絶叫の大本たる地下。地下に住まいし流血の女神への供物が捧げられた祭壇へと向かい始めた。


  ◇


自らの死を自覚した女賢者は、しかし打ちひしがれる暇を与えられなかった。

何故ならば、彼女の霊魂が絶叫した直後。部屋の入口を閉じた扉がきしんだからである。


―――GURURURURURURUR………


扉のあちら側から聞こえてくるのは、お世辞にも平和的とは言えぬ声。それもどんどんと増えてくるではないか。

ほとんど反射的に、女賢者の霊魂は呪句を唱え印を切り、万物に宿る諸霊へと請願した。

硬扉錠ハードロックの助力を。

たちまちのうちに鋼鉄の強度を得て、固く閉ざされる扉。

―――いったい、何が。

そう、っと扉を透過し、その向う側を見てみると。狭い通路にうじゃうじゃと集まりつつあったのは無数の人型。

明かに生命を持たぬそいつらは、十数という数の不浄なる怪物どもに違いない。

―――殺される!

逃げなければ。ああ。だが自分は今身動きがとれぬ。首から下はどこへ行ったのだろう。

と、そこで思い出す。自分が闇の種族に捕らえられ、殺されてしまったことを。

不意に、笑いがこみあげてきた。部屋の構造を見れば、何が起きたか推測はつく。ここは祭壇。己の首級は、邪悪なる流血神へと捧げられたのだ。そして、黄泉還った。死にぞこないアンデッドとして。恐らく神が気まぐれでも起こしたか、あるいは瘴気にあてられたのだろう。自我が残っているのは運命のいたずらであろうか。

どう考えても最悪だった。

だが、せめて死ぬにしても、外に。流血神の手が届かぬ地上で死にたかった。魂魄まで邪なる神に奪われたくない。

―――体を、見つけなければ。

首から下がなければ脱出すらできぬ。

覚悟を決めた女賢者の幽体レイスは、壁を抜け出て捜索へと踏み出した。

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