実はマシンヘッドや神獣は恒常的にボース=アインシュタイン凝縮起こしてるから小さい門でも通れるという台無しな設定があってな……(銀河縦断ふたりぼっち参照)
世界が、崩れていく。
中心部に大穴が開けられた仙境の雲。それは、ゆっくりと崩壊をはじめつつあった。
攻め込んできていた魔法使いたちの撤退は速やかに進められている。空を飛べるものがピストン輸送を行っている他、変化の術者が巨大な梯子をかけたりなどしているのだ。追撃はない。魔法生物どもの軍勢は、主人の死と共にその動きを停止したためである。この混乱にも関わらず、手に入る限りの品々を略奪していくあたりは魔法使いたちもちゃっかりしている、とは言えたが。
その中心部。魔法使いたちの中心人物たちの前では今、ひとつの別れが行われつつあった。
宙に浮く祭壇。そこにあった太極図は既に力を失い、その呪力で支えられていた門は閉じつつあった。内向きへと閉じていく空間の裂け目。
もはやそれに危険はないと知っていた女武者は、だから優しく弟子を抱き上げた。兄の両腕を借りて、妹を支えたのである。刺突の傷は既にない。女武者が一瞥しただけで消し飛んだから。
「―――兄さん。お師匠様」
うすぼんやりと目を開いた妹の眼前で、兄の顔をした師は頷く。そのまま、二、三言葉を口にした彼女の霊は、ゆっくりと器から抜け出た。
巨大な神霊を宿らせていた負担から跪く兄の向こうで、裸身の女体。その姿をした神霊はこちらを向く。
「もう、行かれるのですか?」
妹は問うた。師匠は肉体を脱ぎ捨てている。物質界にはもはやおられない。高次の次元に旅立たねばならぬ。
―――達者でいなさい。
師匠の唇は、そう動いた。
女武者はその場にいた人々の顔を一人ずつ目に焼き付ける。
―――列島に渡りなさい。そこにも私の高弟がいます。彼らがお前たちの面倒を見るでしょう。
「師匠……」
兄妹と、そして知人たちの前で、大魔法使いの霊は。
昇仙していくのだ。
やがてその気配が完全に消え去るまで、残された者たちはずっと見ていた。
◇
「もう行くのかい?」
「はい。お世話になりました」
麗人の問いかけに、兄は深々と礼をした。
そこは5年間暮らした洞府の前。門には鍵がかけられ、その前には荷物を背負った兄妹とそして、麗人と弟子の娘の姿があった。
彼ら兄妹はこれより旅立つのだった。女武者の最後の言葉に従い、東の列島へと。
そこにいるはずの、女武者の高弟に改めて師事し、そして術を極めるために。
「ああ。そうそう。長老連中から色々と預かってるよ」
麗人が取り出したのは、幾つもの魔法の品々。付き合いのあった魔法使いたちからの餞別であった。
傍らで抱き合っている娘と妹の様子を目に入れながら、ふたりの会話は続く。
「こんなに……よろしく伝えてください」
「もちろんさね。ああそれと」
そこで麗人は一端区切ると、続きを口にした。
「お前さんが昇仙してあっちについた時には、よろしく伝えておいてくれるかい」
「は、はい。もちろんです」
頷く兄。
この麗人には本当に世話になった。彼女がいたおかげでこの五年間、安住の地で暮らせたのだから。感謝は幾らしてもし足りない。
「―――なぁ。まだかいな。欠伸が出てまうわ」
会話が切れのいいところまで来るのを見計らったかのようにかけられる声。近くで乗騎ともども待機していたつり目の女のものである。彼女も旅には同道するのだ。何しろ妹への教育がまだ終わっていない。ちなみに先の戦いではよく働いた、ということで、労役は免除されている。
苦笑する一同。
兄妹はもう一度礼をすると、つり目の女へと駆け寄り、荷物を押し付けた。「うげ」などと言いながらも乗騎へ荷物を積み込んでいく彼女。
やがて、見送りの見ている前で、巨大な乗騎。黄金のカブトムシはふわり、と浮き上がり、そして旅立っていった。
太陽の昇る、東へと。
麗人とその弟子は、見えなくなるまでそれを見送っていた。
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