ここ数日で出先でも更新できることが立証されました(旅行中でも案外なんとかなるな)

どこまでも深い闇の中、妹はたゆたっていた。

ねっとりとした空間。一寸先も見えぬそこはしかしどこか安心出来た。とてつもなく心地よい。きっと何も考えなくていいからだろう。頭を使うのは苦手なのだ。それを言えば得意なものなど何もないのだが。

妹は、ぼんやりと考える。

自分は神仙リシにはなれぬだろう。才能がないのは自身が一番よくわかっている。兄ならばなれるのだろうが。師匠の高みにたどり着くのは彼だ。

それが、なんだか悔しい。

師匠は。女武者のことは大好きだった。何のゆかりもない自分たちを優しく育ててくれた。まさしく慈母のごとき人。

けれど、それも自分たちが成人するまでのことだ。

妹が成人したとき、女武者は死出の旅路に就く。肉体を脱ぎ捨て、神仙リシとなるための探索の旅に戻るのだ。

だから、必死で魔法を覚えた。生きる力を身につけるために。

魔法の修行は、はっきり言ってしまえば辛い。とてつもなく。あっさりとこなしてしまう兄とは違うのだ。それでも自分は力が欲しかった。師匠を安心させるための力が。

それが、師匠に対して自分の出来る、唯一の恩返しだったから。

ああ。

なのに、今の自分はどうなのだろうか。肉体を奪われ、外の様子も分からない。ともすれば深い眠りに誘われそうになる。

しょせん、自分はこの程度なのだろう。それはそうだ。師匠ですら手に負えなかった封印の中身相手に何が出来る?

このまま助けがくるまでたゆたっていることしか出来ぬのだろうか。

いや。それとも、こんな出来の悪い弟子にはとうとう愛想を尽かされるかもしれぬ。それもよい。これ以上師匠に迷惑はかけられぬ。

妹の思考。それは、どこまでも深く、闇の中へと沈んでいった。


  ◇


女武者が敵勢を突破して屋敷へ乗り込んだとき、傍らに立っていた味方はほんの数名だけになっていた。残りは後方で敵勢と渡り合っている。後続があるかどうかすら分からぬ有様であった。

広い邸宅であった。いくつもの建物が渡り廊下で繋がれ、庭には貴重な魔法薬となる草花が咲き乱れている。

そして、それらの維持管理に努める使用人ども。

仮初めの生命しか持たぬそ奴らは外見こそ人間であるが、精巧に作られた魔法生物に違いない。与えられた使命を果たすことしか興味がないのであろう。

進むに邪魔になる者のみを切り捨てながら一行は進む。

「不気味ですな。外の有り様が何かの間違いのようだ」

口を開いたのは美髯の偉丈夫。完全武装し青竜円月刀を携えた彼の戦いぶりは凄まじかった。変化の術で腕を伸ばし、離れた敵勢をまとめて叩き切るのである。さすがは百年以上生きる大魔法使いと言えた。

答えたのは白い老人。

「数名のことなど眼中にないのであろうよ。大勢押し入って騒がれたら面倒、程度に考えておるのじゃろうて」

外見に見合わぬ健脚ぶりを発揮する彼の得物は剣。刀身に描かれた七つの星は秩序を意味する。ほかにも、袖の中に折り畳まれた空間には幾つもの秘宝が収まっていた。

その場にいた狼相の麗人も同意する。彼女も完全武装であった。十数本もの眉目飛刀を従えた彼女は一人で集団と同じ働きをする。

皆に頷き、女武者は先頭を走る。どのみち敵首魁たる神仙リシ相手に多勢で挑んでも意味はない。老人らの持つという力ある品々だけが頼りだった。

幾つもの門を抜けた先。広場で、彼女らの求める相手は待っていた。

「ふむ。ここまで辿り着いてしもうたか。それもまた一興」

童女の顔で、そいつは振り返る。

凄まじい威圧感。人が抗しうる者ではないことがひしひしと感じられる。

にも関わらず、女武者は刃を向けると相手を睨み付けた。

最後の戦いが始まろうとしていた。



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