足が棒のようだ(夏の聖戦三日目なう)

───やれやれ。面倒なことだ。

邪仙は思考する。

ここまで押し入ってきた賊どもは四名。からすれば大した脅威ではないが、前回は油断してひどい目にあった。今度は同じ轍は踏むまい。彼らの切り札たる神剣もこちらにある。

─── いや。今こうなっていること自体が油断の証か。

邪仙は苦笑。まさかこうも早く己の復活がバレるとは。あの見鬼の子供、少々侮りすぎたか。

とはいえ儀式をやめるわけにはいかぬ。

だから、邪仙は作業を一時中断。敵に向けて

身振りとは言葉である。力あるそれに世界は応え、場に存在していた敵勢が在ることを

強力無比な魔法。抵抗の余地はない。

だから、敵勢がいなかったことになるのは必定である。

───そのはずだった。

ふわり、と広がる黄色い旗。白い老人が広げたそれに、魔法が打ち消されたことを邪仙は悟った。

この場にて用いられる全ての魔法を封じる旗。邪仙が手にしている太極図同様の神器の類であろう。

───この場に立つ以上、何の用意もないということはあり得ぬか。

踏み込んでくる敵勢へ向け、は腰の剣を引き抜いた。

用意しておいた神剣を。


  ◇


女武者は、先頭に立って踏み込んだ。敵の肉体となっているのは直弟子たる妹である。彼女を救うために、女武者は先陣を切ってきたのだ。

人間の限界を遙かに超える一撃。魔法を封じられた敵に防御の余地はない。この際手足の一本はやむを得ぬ。

そのつもりで放たれた斬撃はしかし受け流された。敵手の抜きはなった白刃に揺らぎはない。どころか左右から襲いかかった円月刀と二刀をも、苦もなく弾き返し反撃すらしてくる!

瞬間で数十の攻撃が交錯し、そしてした人間たちが後退する。邪仙は追撃しては来ぬ。

「やれやれ。久しぶりに剣を握ったが、なかなかに体は動くものじゃのう。

この器、よく鍛えられておる」

邪仙は何でもないことのように言い放つが、魔法使いたちは戦慄した。肉体的には小娘に過ぎぬ敵はこちらを遙かに凌駕している。

「さて。まだやるかね?」

邪仙は問いかけてきた。と言うことは、あちらからしても厄介ではあるのだろう。魔法が使えぬと言うのも。

だがそれは人間たちの有利を意味しないことは明白であった。

───どうすればいい?この怪物に、いかにして立ち向かえば?

女武者の額。生気の宿るそこを、一筋の汗が流れ落ちた。


  ◇


───それにしても。

と邪仙は思う。

彼らの懸念も分からないではないが、神獣が現れたのは事故のようなものであろう。我らの世界とて、四六時中あらゆる空間で戦いが繰り広げられているか?と言われれば否である。すぐさま門を閉じれば危険は十分に少ないはずである。前回、星神が門を開いたときはたまたま運悪くあちらで神々が戦っていたのだろう。

もちろん、あまり長く開いていればあちらにいる者たちに関知される危険はあるが。そのつもりはない。

だからは口を開いた。親切のつもりで。

「のう。おぬしら。兵を引く気はないか」

敵勢が動揺する。

「わしは世界を滅ぼすつもりはない。門を開き、あちらに渡るのみ。

そこで見ていればすぐに終わろう。事が終われば門は閉じられる。この娘も返してやろう」

しばしにらみ合い。されど向けられる敵意そのものは揺るがぬ。慎重に間合いを計っているのが感じ取れた。

「引くつもりはないか。やむを得ぬな」

仕方ない。何時までも遊んでいるわけにもいかぬ。

だから邪仙は、背後の道具へと振り向いた。広がり、描かれた図形をさらしている太極図へと。

好機とばかりに踏み込んでくる敵勢に向けて、その力を解放する。

そう。世界を組み替える魔力を。

敵の旗と太極図。二つの霊力は互角。されど、術者の力量に開きがありすぎた。

仙境の法則。その一部が書き換えられていく。

邪仙の立つ祭壇より外側が、崩れた。石畳が落下しそれはたちまちのうちに広がっていく。凄まじい勢いで。

最も近かった女武者がまず、崩落に巻き込まれる。次いで狼相の麗人が。美髭の偉丈夫も。

下方に広がるのはどこまでも美しい、星空。

崩落に巻き込まれることが避けられぬと悟った時点で、白い老人は旗の効果を中断せざるを得なかった。このままでは皆が墜死する。

自らの落下を老人。

彼の見ている前で崩落は広がり、たちまちのうちに屋敷全体にまで及んでから、止まった。無事なのは邪仙とその周辺のみ。

他の者たちも、使えるようになった魔法でなんとか安定を取り戻す。化身し、背より翼を伸ばす偉丈夫。靴に賦与されていた飛行の魔法を発動させる麗人。

されど。

飛行の術を持たぬ者。彼女だけは助かる術がない。

呆然としたまま、女武者は崩落に巻き込まれていった。

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