本気で風邪っぽいので寝ます(zzz)

満月の照らす晩であった。

雲海のただなかにぽつん、と突き出ている岩は、深山の頂に相違あるまい。

取りすらも登って来られぬであろう高み。人の足ではたどり着くことも困難な場所である。

にも関わらず、その場に立っている者がいた。歳は十ほどであろうか。腰に剣を帯び、道服をまとった彼女は、足元に掘り込まれた図形を見下ろしている。

しばしそれを検分する様子だった彼女は、やがて印を切り、そして朗々たる呪句を唱えた。それは今は知る者もほとんどおらぬ上古の言葉である。

驚くべき複雑さと精妙な発音を要求される魔法の言葉を、少女は完璧に唱え切った。

それが終わった後。一件、何も起き縫い。

されど、淹れた茶が冷めるほどの時間が経った後。

岩が揺れた。

最初小さく。パラパラと破片が落下していく。それはやがて増幅し、鳴動する。

もはや立ってはおられぬ。そう思えるほどに揺れが拡大しても尚、少女は断ち続けた。ごく平然と。

そして、臨界を越えた瞬間。

岩は崩れた。粉々になった頂は、四方へと落下していく。

奇怪な事に、それでも少女はその場にとどまり続けた。そう。宙に浮かんでいたのである。まるで見えぬ支えがあるかのように。

そしてもう一つ。

崩れ去った頂があった場所。そこに浮遊しているのは、一巻の巻物であった。

奇怪な代物であった。竹簡や木簡ではない。皮や布の類でもない。この世界に未だ存在しない不可思議な素材で、その巻物は作られていたのである。

明かな魔法の品であった。

それを少女は手に取ると、感慨深げにため息をついた。

「ぉぉ……とうとう、我が手にこれが戻った。長かった……」

彼女はそれをしばし眺めると、やがて袖に収めた。明らかに容積が足りぬが、やはり魔法なのであろう。今まで起きたことと比較すればささやかな異常ではあった。

品物を収めた彼女は頷くと、その場より消え失せる。

後には、崩れ去った岩山の頂のみが残された。

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