どこぞのドクターも動物ごとに言葉を覚えてたというしな(それで全生物網羅してんだから凄くね?)
「みゃ」
「……うーん」
猫とにらみ合っているのは狼耳を備えた麗人である。彼女は狼から化身した妖怪だったから、狼族の性質をそのまま備えていた。
「……猫語じゃないねえ」
獣のたしなみで主要ないきものの言葉を彼女は修めていたが、しかし眼前の猫は彼女が知る言葉を話さない。
「こいつの爪が、お前さんの指を切ったって?」
「……ぅ……」
猫の後ろにいたのは美女だった。切りそろえられた前髪。凛とした顔立ちだが目つきはどこか柔和そうでもある。その生首だけが、卓の上にぽつん、と置かれているのだった。女武者である。
麗人の自宅へこの猫を連れ込んだのは彼女だった。夜分急に訪れて驚いたものだ。とはいえ事情を聞いて納得もしたが。何しろ女武者は死者である。死者は死なぬ。故にその原因となる傷もつかぬ。傷つけるには強い魔法が必要だったが、彼女を傷つけたという猫はどこをどう見てもただの猫にしか見えぬ。魔力を感じられないのだ。明らかな異常だった。
「変化の術。それも相当に腕の立つ術者の仕業かねえ」
「……ぉ……ぁ…」
高度な変身の魔法や幻術ともなると、魔法それ自体を隠蔽してしまえるという。ふたりが修める術にそのような魔法はなかったが、ともに高位の魔法使いである。存在するという事実は知っていた。
「こりゃ専門家に見てもらった方がいいかもね。変化の術の」
「……ぁ…」
「ああ、あの美髭の旦那なら分かるかも」
共通の知り合いの名に、女武者も同意。頷けないのも不便だね、などと考える麗人。出会ったときから首と胴体が生き別れているこの美女が頷くところを麗人は見たことがなかった。
結論が出たあたりで、思い出したように、女武者は口を開く。
「……ぉ………?」
「うん?来てないよ。いつ頃出たんだい?」
「…ぁ……!?」
彼女の問いは、今朝がた洞府を出てこちらへ向かった弟子たちとそして客人についてのこと。手土産を持たせて送り出したというが、彼らがやって来た覚えは麗人にはない。
常人の足なら二日かかるが、彼らは乗騎に乗っているという。太陽が沈む前に到着していなければおかしかった。
「何かあったのかね?」
「……ぉ……」
「ああ。心配だ」
すぐさま弟子たちを捜索する算段を始めたふたり。
まさか、問題となっている弟子が自分たちの眼前にいるなどとは気づかず、彼女らは外へと出て行った。
「みゃあ」
後回しにされた二匹の猫だけが、その場に残された。
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