人類最古の人気コンテンツの威力を見よ(猫でなければ危なかった)

雲の上。

リズミカル───というにはあまりにも忙しない音が、立て続けに響いていた。並の人間にはそれは、ひとかたまりのぶぅぅうん…という音に聞こえるはずである。

羽音だった。

その主は、陽光を反射しきらめいている。立派な角に、頑丈そうな甲殻。そして馬ほどもある巨体の彼は、カブトムシの姿を持つ魔法生物である。

その背に跨がるつり目の美女は、うっとおしそうに上空を見上げた。

「ぅ~きっつぅ……なんでこんな陽気にお使いなんやぁ」

五年前には付けられていた各種の拘束は既にない。まじめにつとめに励んだ結果である。

このまま無事に刑期を勤め上げたいところだったが。

目的地まであと一息、というところで、とうとう彼女は根を上げた。

「休む!休んだる!!疲れた!!」

乗騎のカブトムシは首を傾げるが、つり目の女はそんなことお構いなし。

彼女らは、金光を反射しながら降下していった。


  ◇


糸目の男が目を覚ました時、目の前にいたのは虎だった。

「……にゃっ!?」

思わず変な声を出してしまったが、そうとしか思えない。黒い毛並みの虎など聞いたこともないが、何しろそいつは自分と同じくらいの図体があるのだ。子供だろうか。

「にゃ!!にゃぁにゃ!!にゃあっ!?」

敵意は感じられない。食うつもりならすでにがぶり。とやられているだろう。それにしても、一体何が。

そこで、思い出した。あの空飛ぶ武人。火を噴く槍を構えたあいつに襲われ、剣を咄嗟に盾にしたという事を。

そうだ。一体何がどうなった!?子供たちは!?

糸目の男は、立ち上がろうとした。もちろん、二本の足で。

よろめく。かと思えば、彼は無様に大地へと転がる羽目になった。

───立てない。どこかに傷を負ったのか?

分からぬが、自分はまだ生きている。となれば兄妹たちも生きているだろう。その可能性はある。帰りが遅ければ彼らの師匠も探しにきてくれるやもしれぬ。

慎重に。今度は四つん這いとなろうとして、自らの右腕をみる。

───なかった。

そこにあったのは、しなやかな毛並みに覆われた、獣の前脚。

───なんだこれは。

分からぬ。訳が分からなかった。これは夢なのだろうか?されど、全身の痛みはこれが現実であることを。先の死闘の延長であることを訴えていた。

茫然自失とする糸目の男。

眼前でにゃあにゃあ鳴いていた黒い子虎が埒が明かぬと見たか、こちらの後ろに回り込んできたのも目に入らぬ。

首が、柔らかくくわえられた。

そのまま運ばれていく糸目の男。目的地は川である。

放り出された彼は、見た。

水面に映った、でっぷりとしていて目の細い、猫と化した自分自身の姿を。

傍らの子虎。いや、今なら分かる。これは黒い子猫だ。自分が小さくなったのだ。

呆然とする糸目の男の前で、黒い子猫と化した兄は告げた。

「みゃあ」


  ◇


上空より降下したつり目の女は怪訝な顔をした。猫が二匹、何やらにゃあにゃあ鳴いている。

「にゃ」「にゃ?にゃ!!にゃぁ!?にゃにゃにゃ~!?」「……にゃぁ」「にゃ」

猫だった。どこをどう見ても完全無欠なまでに猫である。霊視しても猫だから間違いなく猫だろう。

片方は子猫。黒い毛並みが美しい。

もう片方はでっぷりと太った、やたらと目の細い───糸目の猫。

「おお。なんや、かわええなあ」

傍らにふわり、と巨大なカブトムシが着地しても、猫たちはこちらに気付く様子がない。忙しいのかもしれぬ。

猫たちの様子を眺めることしばし。

やがて、ぜいぜい、と猫二匹。なんとまあ、人間くさい。

だから、つり目の女は声をかけた。

「お疲れさんやな」

ぎょっとして振り向いた猫たちの様子が可笑しくて、女はころころと笑う。

されど、それも一瞬のこと。黒い子猫は突如、駆け寄ってきたのである。

「お?」

「みゃ!みゃぁみゃあみゃあみゃあ……!!」

子猫は。とはいえ女は包丁から生まれた器物の妖怪である。猫の言葉など分からぬ。これが獣の変じた妖怪ならば言葉も通じようが。

「おお。よしよし。すまんなあ。何言ってるか分からへんねん。しかしようお前さんら、こんな山奥に来たもんや。よっしゃ。連れ帰ったろ。あ、でも、首のないこわぁいおばさんには注意しぃや?あいつ、若作りやけど二百年も生きとる化けもんやからな?」

つり目の女は、二匹の猫を抱き上げると乗騎の背へと戻った。

羽音が響き、巨体が浮かび上がる。

カブトムシはそのままを乗せて飛び去った。

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