どうしてこんなのが封印されていたんだ(例によって不明)

「ふははははははははっ!!」

哄笑が響き渡った。

異様な光景である。まるで支えもない空中を、年端も行かぬ娘がさも、愉快そうに嗤っているのだから。

それを兄は呆然と見上げる他よりない。

―――なんだ。妹の体を包み込む邪気はなんだ。この凄まじい霊力は一体なんだ!?

彼には見えていた。空中にとどまる妹の内より発されている凄まじい霊気が。陽光ですら打ち消しきれぬほどの圧倒的な魔力が。

そいつは、足下へと目をやった。自らの肉体たる娘が切り捨てた魔法生物。すなわち黄布力士の残骸へと視線を落としたのだ。

「ほっほっほ。派手に壊したものじゃ。あれでは直せぬではないか。参ったのう。また倉庫番を作らねばならん」

酷くしわがれた声。もうすぐ十一になる、という娘の喉から出るにはいささかどころではなく不似合いであった。

まるで朝食の塩気が足りなかった程度の深刻さで問題を片づけたそいつは、妹の体で、こちらを見た。

「珍しいのぉ。見鬼けんきか。良い資質を持っておる」

兄は、震える声で問いかける。

「―――何者だ、お前は」

「ふむ?そうじゃな。当ててみるがよい」

遊ばれている。

故に、兄は、言葉に詰まった。これほどの霊気、ただ者ではありえない。神霊にも匹敵する霊威。答えを誤れば、待つのは死であろうことが察せられた。

「分からぬか。そうじゃな。用事を片づける間待ってやろう」

言い終えた霊は、片手を上げた。それだけで、掌の上に火炎が出現する。

高位の霊体は存在そのものが魔法である。すなわち、呼吸するように魔法を発動できるのだ。

標的は、倒れ伏している糸目の男。

それを理解した兄は、だから叫んだ。

「───神仙リシ。それも仙界より追放された邪仙だ!違うか!?」

殆ど直感頼りの叫びに、そいつは。悪しき霊は頷いた。

「見事じゃ。よくぞ一目で言い当てた。褒美をやらねばならぬな」

兄は絶句。自分の推察が当たったことにではない。神仙リシが地上にいるという事実に戦慄していたのである。

それは、半神にも等しい偉大な存在であった。人の身に生まれた彼らのうちには、時に神々の宮廷へと招かれ、あるいは冥府の首長にまで上り詰めた者すら存在する。

もちろん、いまだ修行中の身にすぎない魔法使いごときで抗しうる存在ではない。

「ふむ。我を楽しませたのだ。その男ともども生かしてやってもよい。が、事を始める前にいらぬことを口外されても困るか。どうしたものか」

考え込む神仙。いや、邪仙は、やがて得心が言ったかのような顔を、妹の肉体でした。

「よし。言葉を交わせぬ姿にしてやろう。なあに、案ずるでない。しばしの間じゃ。我が復活が知れ渡れば自ずと術は解けよう」

言い終えるなり、そいつの霊気が膨れ上がった。

それは二手に延びると、兄とそして糸目の男に絡みつく。

それが、極めて高度な変化の魔法であることを、兄は認識していた。されど、抵抗レジストできぬ。力が違いすぎた。

体が粘土細工のように引き延ばされる。形がゆがむ。押しつぶされる。

「よしよし。上出来じゃ。では仕上げと行こう」

魔法が効果を発揮したことを確認した邪仙は、次の術に取り掛かる。

変化は、まず骸骨兵の残骸に起こった。

彼らは硬直すると、次の瞬間には崩れ去る。ついで、まき散らされた荷物が。さらには黄布力士の亡骸も崩壊し、最後に地上に幾つも刻まれた火尖槍の痕跡が消滅。

後には何も残らない。

戦いの痕跡を消し去った邪仙は満足げに頷くと、川へと降下。姿を消す。

「……にゃあ」

最後に残されたのは、つい先ほどまで人間だった、二匹の猫だけだった。

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