むごい(子供は容赦ない)

「―――この女をやっつけろ!」

兄の行動は早かった。侵入者に背後を取られたと認識した瞬間、骸骨兵へと命令を下したのである。

不死の怪物は、それに応えた。

巨体が襲い掛かる。ちょっとした軍勢にも匹敵する怪物のあぎとは女の体くらい喰い千切れるであろう。

そう。それがただの女体であれば。

「あいたたたたっ、なんちゅうガキやっ!」

兄妹はギョッとした。熊の骸骨兵に噛みつかれた女はしかし、致命傷を負ったように見えぬ。どころか女は両手を顎にかけると、自分に噛みついてくるそれを力任せに押し広げるではないか。

「ていやっ」

ごろん、とひっくり返る骸骨兵。信じがたい剛力であった。あれは生きている熊以上の力を持つというのに!

驚愕は、それで終わらなかった。女は魔法に取り掛かったのである。導引と口訣で五行の理に干渉し、女が作り上げたのは、多数の金の槍。

「ほいさっ」

女の一挙動で、それは一斉に骸骨兵へと襲い掛かった。

骨盤が砕かれ、背骨が破壊され、さらに多数のそれは、骸骨兵を床へと磔にする。

恐るべき力量であった。

「……ああん、一張羅がぁ……」

熊に噛みつかれたというのに、女がしているのは服の心配である。無傷なのだろう。明らかに、兄妹の師匠に匹敵する。ひょっとすれば凌駕するかもしれない力を持つ、大魔法使い。もちろん子供が勝てる道理はない。

だから、子供たちは悲鳴を上げると逃げ出した。家の奥へ奥へと。

「ふぅん?追いかけっこしたいんかぁ。ええやろ、付き合ったろ」

つり目の女は、悠然と後を追った。


  ◇


「どーするの兄ちゃん!」「あいつを何とかしないと…!」

手近な部屋に飛び込んだふたりは中にあるものを物色した。とはいえまともに戦って勝てる相手ではない。

と、そこで。

「あ、五行相剋……」

兄は、かつて師より教わった魔法の法則を思い出した。物質を形成するのはいつつの元素。それを自在に操る魔法が存在する、と。つり目の女は金物の槍を魔法で生み出した。きっと五行、金行の魔法使いのはず。

「ええと、金に強いのって木だっけ……?」

「兄ちゃん逆だよ、火だよ。木は金物で切り倒されちゃうよ」

妹の助け船に、周囲を見回す兄。子供たちだけで火を使うのは、師より固く禁じられている。単純に危ないからである。

ない。火を起こせる道具が部屋には見あたらなかった。いや。

「兄ちゃん、あれ」

妹が指さした道具に、兄は目を丸くした。あれなら確かに火を使える。けれどあんな魔法使いに通用するだろうか?

分からない。されど他に手はなかったから、兄は命令を下した。

中に炭を宿した提灯持ちの男ジャック・オー・ランタンへと。


  ◇


「どこかなぁ~どこ行ったん~?」

恐怖を煽るようにゆっくりと、子供たちをおいかけるつり目の女。彼女も相手を殺す気はなかった。そんなことをすれば彼らの師がどれほど怒り狂うか分かったものではない。それに、遥か格下の相手をくびり殺すのもいかがなものか。一張羅を台無しにされた報復をしてやるだけだ。

広間を抜けた先。左右にある扉を一つひとつ開けた彼女はだから、奥に固まっている子供たちを見つけるとにんまり笑った。

「おぉ、見つけてしもうたなぁ。さあ。どないして欲しい?金の像にしてしもうたろか?それとも一生鉄に触られへん呪いをかけたるのもええかもなあ」

ゆっくりと進む、つり目の女。子供たちに気を取られていた彼女はだから、奇襲に気付かなかった。頭上から襲い掛かる死にぞこないアンデッドの開いた口が、かっぽりと頭にはまったのである。

「……へ?」

熱い。五行曰く、火剋金。すなわち火は金属を溶かす。

不死の怪物が宿した魔法的な炎は本来熱を持たぬが、やはりある種魔法的存在であったつり目の女には効力を発揮した。

そう。火は金属を溶かす、という法則を。

「あっつぅぅぅぅぅぅ!?」

咄嗟に提灯持ちの男ジャック・オー・ランタンを振り払うまでに、彼女は少なくないダメージを受けていた。熱で溶かされた頭頂部。そこにふさふさと生えていた髪の毛が失われるという。

瓜のからなる怪物を踏み砕き、懐から鏡を取り出した彼女は惨状を確認。

「……あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

肉体よりむしろ心に重大なダメージを被った女。彼女の悲鳴が響き渡った。

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