いい加減お分かりでしょうがくっころは属性ゲーです(弱点を突ければ勝てる仕様)

髪は女の命と言われる。

感情や生命力が宿る部位であり、美しさとは髪を指すものでもある。しなやかなそれで縄を結えば頑強極まりなく、霊力の源であった。

だから、力の源にして美しさの源泉たる髪を奪われたつり目の女。彼女の怒りはまさしく怒髪天を突く勢いと言えた。禿げたが。

故に。

「おのれらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

切れた。これ以上ないほどに女はぶち切れた。

こちらへと突っ込み、部屋から逃げ出そうとする子供たちへと手を伸ばす。

対する子供たちも必死であった。捕まれば殺される。間違い無い。だから彼らは、女の手が届く直前、左右に分かれた。

咄嗟にどちらを捕まえるかで迷う女。その一瞬の差が勝負を分けた。

女の両脇を駆け抜け、兄妹は部屋の外へ。すかさず扉を閉めるとあらかじめ用意していたつっかえ棒をかます。これでつり目の女も外には出られまい。

安堵するふたり。

「あ…危なかった」

「兄ちゃん、疲れた」

妹の頭をよしよしと撫でてやる兄。それにしても恐ろしい女だった。お師匠様が早く帰ってきてくれればよいのだが。

結論から言うと、まだ終わってはいなかった。子供たちの浅知恵でどうにかなる相手ではなかったのである。

突如。

扉から。刃が突き出た。

「……え?」

驚くほどに鋭利なそれは、片刃の刃物の切っ先に見える。

それは、斜めに扉を切断し、一度引き抜かれた。かと思えば再び突き込まれ、別方向にまた切断。

三度それが繰り返されたとき、扉はその機能を喪失していた、

そう。内と外を隔てるという機能を。

破壊された扉より出てきたのは、無惨な頭頂部をさらすつり目の女。されど彼女が先ほどと異なる点が一つあった。

その右手。袖より伸びた手が、刃と化していたのである。

この時点で兄妹はようやく、敵魔法使いの正体を推測しえた。妖怪変化。それも金物、刃物の化身である。傘をさしていたのも陽光を嫌うが故であろう。

「ええやろ。そんなに死にたい言うんやったら、ぶっ殺したるわ」


  ◇


敵が部屋から脱出してきたのを認めた時点で、兄妹は踵を返した。あれには勝てぬ。我が家を守るのは不可能だ。師匠は常人の脚では七日かかる先にいる。

だから、ふたりは最も近い知り合いを頼ろうとした。隣の山に住まう魔法使いのところまで逃げるべく、玄関を目指したのだ。

そうは問屋が卸さなかった。

入り口の前の広間。そこで待ちかまえていたのは、馬ほどもあるカブトムシ。金色に輝くそいつは金行に属する魔法生物に違いあるまい。女の従僕であろう。

「ほらほら、待ちぃな。うち、走るの苦手やねん」

後方からゆっくり追いかけてくるのはつり目の女。万事休す。

いや。まだ一カ所だけ逃げ場が残っている。兄妹は、厨房へと飛び込んだ。


  ◇


子供たちが部屋に逃げ込んだのを認めた女は、袋の鼠だ、と思った。実のところ奴らは放置して宝を頂いていくべきだとは分かっていたが、頭髪を溶かされた復讐がまだである。この怒りは晴らさねばならぬ。

扉を開き、入った先。

そこは食堂だった。奥には厨房があり、さらに奥からは水音。地下水でも引いているのだろうか。

子供たちは見あたらぬ。さては包丁でも持って待ちかまえているのだろうか。女にとっては恐れるに足りないが。

「どこ行ったんやぁ…?怖くないから出てきぃや」

信憑性皆無の猫撫で声を出しながら、つり目の女は進む。食卓。調理用の台。食器棚。

───いた。

食器棚の隙間に隠れていたのは幼い男の子。兄であった。そいつを掴むとつり目の女は、凄まじい力で引きずり出す。

「よぉやっと。見つけたでえ。苦労させおってからに」

「離せ!放せぇ!!」

じたばたとする男の子。もちろん力で妖怪変化に勝てるはずもない。

「もう一人はどこや?」

「はなせ!はーなーせー!!」

「もっかいだけ聞いたる。どこや?」

「言うもんかー!はげー!!」

「もうええわ」

女は、無造作に兄を投げ捨てる。壁にぶつかった彼が頭を打たなかったのは、師匠の教えが身についていたからであろう。受け身をとっていたのである。

それでさえ、幼い体には重大な打撃だった。気を失う兄。

「さて。もう一人はどこやろな」

見当たらない。となればさらに奥、水場か。

奥へと堀抜かれた通路を進み、中を伺う女。

───いた。

懇々と湧き出る泉は地下水脈であろう。そこに不自然に浮かぶ、逆さまの大きな桶。その下に隠れているに違いない。

だから、つり目の女は刃の手を振りかぶった。本性である包丁の姿となったそれで、桶を切りつける。

半ばまでそれを切り裂いた時。刃が何かに食い込んだ。

「……へ?」

抜けない。

ばらばら、と壊れていく桶の下から、それは現れた。

妹が頭上に掲げていた、小さなまな板が。

包丁でまな板を切り裂けぬのは道理である。

「えい!」

刃の手がめり込んだまな板を、妹は力一杯に引っ張る。思わず姿勢を崩すつり目の女。

水音が上がった。

しばしばしゃばしゃとやる両者。

戦いを制し、泉から身を乗り出したのは妹だった。

振り返る彼女の視線の先では、ぶくぶくと泡だけが上がってくる。

包丁は、水に浮かない。

「……けほっ」

完全に水からあがると、妹はひっくり返った。

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