ホームだけどアローンじゃありません(ふたりおるからな)
こんこん。
再び玄関が叩かれたのは、兄妹が瞑想の行を行っているときの事だった。精神を統一し、また霊視の力を得るのにも重要な役割を持つ修行である。
座相を組んでいたふたりは顔を見合わせた。
「お師匠様かな?」「かな?」
立ち上がり、とてとてと走っていく子供たち。
玄関に到着すると、「今度はわたしが出るー」と妹が言い出した。彼女のために熊へと命令を下す兄。ちなみに骸骨兵は術者が「この者に従え」とあらかじめ命じておけば、他者でも簡単な作業はさせることができる。魔法使いに限られるが。
門の前で踏台となった熊の骸骨兵によじ登り、よっこいしょ、とのぞき窓から外を見る妹。
そこに立っていたのは、知り合いの女性だった。
「あ、狼のおばちゃんだー」
狼相に目も覚めるような紅の衣のこの麗人は、この洞府の大家であった。住居と生活物資を与えてくれた恩人である。
「こんにちは。入れてくれへんかな」
喜び勇んで門を開けようとした妹は、その言葉にピタリ、と動きを止める。何かおかしい。口調とか声とか。
「……おばちゃん。声どうしたの?」
「うん?ああねえ。風邪で喉痛めてしもうてん。それでなあ。風邪薬分けてもらえへんやろか、って思うて寄らせてもうたんよ」
「……あれ?」
一瞬納得しかけた妹であるが、そこで怪訝な顔になる。彼女ら師弟がここに引っ越す際、賃料は十年分前払いしてある。それも呪物で。中には風邪薬や薬草も大量にあったはずだが。
「……お薬、こないだ渡したよ?たくさん」
「そ、そうやったかいな」
「うん。そうだよ。それに、おばちゃん風邪ひいたなら寝てなくちゃおかしく、ない?椅子のお姉ちゃんに看病してもらったほうが、いいよ?」
「う、うん。そうかもしれへんなあ」
どんどんしどろもどろになっていく麗人。怪しい。
「じゃ、入れなくていい?」
「あぁ~、それは堪忍してえな。な。入れて。な、な?」
「……怪しいから駄目ー」
「そこをなんとか」
「さっきも怪しいおばちゃん来たし、怖いからいや」
「ああ。それは怖いなあ。うちが一緒にいたるから。な?な?」
「駄目」
「ほんなぁ~」
やがて諦めたか。
麗人は背を向け、トボトボと去って行った。
◇
「ああぁ、くそっ。あんのクソガキどもがぁ!」
山裾で荒れているのはつり目の女。二度にわたって子供に撃退されたのが腹に据えかねているのだった。早くしないと洞主が帰ってきてしまう。噂では首を落とされても自力で生き返ったほどの方術士だという。あまり事を荒立てたくない。もちろん、それほどの術者の居宅だからこそ、優れた魔法の品が多数あるだろう。
女は泥棒である。それも魔法の品々専門の。強盗と言い換えてもよいかもしれない。3カ月前、近くにある洞府に押し入ったのも彼女である。しかし、このつり目の女の術でも先ほどの洞。子供たちが開けなかったあの門は破れなかった。強力な防護の術がかかっているのだ。鍵を使うか内側から開けさせるしかない。
その時だった。
視界の隅にはいったのは一羽の小鳥。雀であろうか。
―――ちょうどいい。
一計を案じたつり目の女は、ひょい、と袖から金属の針を投射。それは見事、小鳥の体を貫く。落下し、もだえ苦しむ雀。
獲物が生きていることを確認した女は、拾い上げると歩き出した。
◇
外からその鳴き声が聞こえてきたのは、子供たちがお絵かきをしている時の事。木の板に炭で色々と描くのだ。楽しんでやっているがこれも修行である。
「……?」「なんだろ」
怪訝な顔を見合わせると、ふたりは入り口へと走った。
◇
門の前で苦しんでいたのは、針に貫かれた鳥。ちゅんちゅんと鳴くそいつは雀であろう。
「どうしよう」「かわいそうだよ、兄ちゃん」
危険には見えなかった。師匠も言っていたではないか。食うか、道具を作るためか、あるいは身を守るため以外の理由で鳥獣を傷つけてはならぬ。不要な苦痛を与えてもならぬ。
針が突き立っている以上、誰かがあの雀を狩ろうとしたのかもしれぬ。命からがら逃れ、ここで力尽きたのであろうことが想像できた。
とどめの一撃を加えてやるにしろ、助けてやるにしろ。門を開けねば。
兄妹はのぞき窓から周囲を確認する。大丈夫。他に何もおらぬ。
ふたりは骸骨兵から降りると、門の閂を開けた。
雀に駆け寄り、抱き上げ。そして二人して洞へと戻り、門を閉める。
安心した二人。振り返った兄妹の前に、見覚えのあるつり目の顔がいた。
「こんにちは。入れてくれてありがとうなぁ」
女はにたぁ、と、笑った。
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