第八話 留守番と門

はじめてのおるすばん(エロゲーじゃないので安心)

枯れ木のような老人だった。

質素な衣は白。長い髭も白。頭髪も白。傍らに置かれた木製の杖だけが場違いである。彼は、手にした碁石をぱちん、と打った。

「ほれ、お前さんの番じゃぞ」

「……ぁ………」

盤を挟んで体面に座っているのは女。薄紫の平服を身に着け、切りそろえられた前髪の下にある顔は麗しい。傍らに置かれた太刀の鞘には、虎の尾から作られた尻鞘が被さっている。されど、彼女には尋常ではない点がひとつ。首と、そして胴体が生き別れている、ということ。死せる女武者であった。

ここは、女武者たちが居を定めた洞府よりすぐそばにある別の洞府である。白髪の老人はその洞主であった。常人の足ならば7日7晩かかる距離であるが、死者である女武者ならば半日もかからず往復できる。あるいは空を飛べる魔法使いならばもっと早かろう。

思案した女武者は、やがて碁石をぱちっ。と置く。

「……むぅ…」

考え込む老人。手持無沙汰となった女武者は、周囲の様子を観察した。

中は質素ながらも品の良い装飾が施されている。壁に掘り込まれているのは魔法的な図面であろうか。洞窟にも関わらず異様に広い。魔法で空間を歪めて拡張しているのかもしれぬ。洞主は風水や卜占に秀でているそうだから不思議ではなかった。

どうして女武者が他人の家で碁を打っているかというと、引っ越しの挨拶回りに来たところで暇をしていた老人につかまったからである。死にぞこないアンデッドの魔法使いが引っ越してきたという噂は既に近隣で駆け巡っていた。魔法使いにも付き合いというものはある。特に隣近所とは。危険な怪物が跋扈する世界だから、横のつながりは大切だった。

懸念はある。子供たちは新居に残していた。あそこで他に知性あるものと言えば使鬼どもだが、女武者が命令せねばろくに行動せぬだろう。なにせ奴らは元が山賊風情の霊魂である。術者が傍にいなければ物理的な行動は全くできぬ。これがもう少し気の利いた使鬼であれば人間の執事顔負けで留守を預かれるのだが。略式でも9日、本式のものを作ろうとすると9カ月はかかる。永続的な知恵ある魔法生物の創造は難事である。世の中には顔を描いた器物に知恵としゃべる力を与える魔法の筆といった品もあるらしいが。

まあ、心配のし過ぎではあろう。子供たちのための食事は作り置きしておいたし、番兵代わりの骸骨兵もいる。万が一長引きすぎても問題ない。子供たちには、知らない者が訪れても門を開けてはならぬ、と言い含めてある。

そんな事を考えながら、女武者は相手の手を待った。


  ◇


豪奢な女だった。

金糸を織り込んだ衣ははだけており、肩が隠されていない。しなやかながらも流麗な肢体。陽光を避けるためであろうか。傘を片手に歩く女は、美しい顔立ちである。されど目がつり上がっていて中々に強気な印象に見えた。

彼女が立っているのは山の中腹にある洞窟の前。朱塗りの門が設けられたそこは、女武者たちが新居と定めた洞府である。

女は門に近づくとこんこん、と扉を叩いた。

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