第五話 見えざる女
バブみはデュラハンに必要だと思うんですよ(ナゼダ)
血飛沫が、舞った。
振るわるごと、刃は確実に一つの命を奪う。肉が断たれ筋繊維が破壊される音が怖気を呼び起こした。にもかかわらず、血刃の持ち主たる剣士には返り血ひとつ、ついてはおらぬ。
剣士は、旅装束の男だった。長い黒髪に美貌の偉丈夫である。着物は質素ながらもよい仕立てなのが場違いですらある。
対する敵勢は、手に手に武装を構え、顔を狐や兎など多様な仮面で隠した男たち。明らかにまっとうななりではない。三十近いそいつらは、夜盗か山賊か。
「これこれお前さんたち。そろそろ諦めてはくれんかね。私ぁもう疲れたよ」
まったく疲れてはおらぬ素振りで、剣士は言い放つ。何気ない言いぐさ。されど、それは明らかに賊どもをひるませるだけの威力を兼ね備えていた。何故なら、既に剣士のまわりには十近い屍が転がっていたからである。
そこは山中の街道であった。近くの崖から遠くを見渡せば風光明媚ともいえるであろう。賊がうろついているとなればそんな呑気な事は言っておれぬが。
「―――貴様。その技量、ただ者ではあるまい。何者だ」
賊どもの後方から響いた声。不思議と深みのあるそれに、剣士を取り囲んでいた者たちは道を開けた。
奇怪な男であった。
顔を隠しているのは猿の面。服装も他の者より上等である。両の腰に二本ずつ、背にも一本、剣を帯びているがどうやって振るうのだろうか?
「いやはや。私はただの武辺者さね。買いかぶりが過ぎるというもんさ」
「そうか。何にせよ、これだけ切られておめおめと下がるわけにはいかぬ。手下の手前な」
「難儀だねえ」
「ぬかせ」
首領らしい男は、言い終えると印を切り、呪句を唱えた。
対する剣士は緊張する。魔法!この間合いでは対処が間に合わぬ!!
だから彼は、気を練った。悪しき魔法を退ける
何故ならば、敵手が用いた魔法は剣士を標的としたものではなかったから。
顔が、増えた。首領の付けている仮面。それと同様の、されど憤怒の形相の鬼面が右側頭部に。烏を象ったのであろう面が左側頭部に出現する。
それだけではなかった。
腕が、生えた。首領の肩口から。背中から。新たに二対四本の腕が生えたのである。
三面六臂となった首領は、増えた腕も用いて刃を構えた。それも、五本同時に。四本の片手剣と、一本の両手剣を抜き放ったのである。変化の術であろう。
首領は、一気に間合いを詰めてきた。激突する刃と刃。
技量は互角。されど手数が違う。目の数が違う。たちどころに剣士は崖の淵まで追い詰められる。
もう、回避の余地がない剣士。そこへ、敵の一撃が襲い掛かった。
致命傷だった。攻撃が奪ったものは、剣士の生命。そう、それは、戦いを生業とする者の生命線たる両目を切り裂いていたのである。
断末魔すらもなく、剣士は崖より落下していった。
敵が遥か下。河の水面へと堕ちたのを見届けた首領は刃を納め、変化の術を解くと手下どもに命じた。
「戻るぞ」
◇
夜。太陽神が顔を隠し、そして星神と暗黒神が支配する世界の訪れである。
森を背にした河原では、小さな子供たちがはしゃいでいた。これが昼間であれば、見る者皆が微笑ましい光景だと思うだろう。いや。今現在子供たちを見守っている女も微笑みを浮かべていた。まるで母親が我が子を見つめているかのようにも思える。
ただし、その様子を余人が見れば、あまりの恐ろしさに腰を抜かし、あるいは聖句を唱えたかもしれぬが。
何しろ女には首がなかった。いや。より正確に言えば、首がないわけではない。ただ、胴体と生首が生き別れとなっていただけだ。
兄妹の師匠となった女武者であった。
旅を続けた彼女と兄妹は、ここ数日この地にとどまっていた。森にはいったすぐの所に状態の良い廃屋があり、ゆっくりと休息をとることが出来たからである。春先故に山野の恵みも大きい。山菜や茸。河からは魚も捕れた。子供たちにしばしの安息を与えるには格好の土地であろう。
女武者が手にしているのは解体された獣の一部である。狩った獣からとった毛皮だった。流水で処理し、利用するのである。死霊術師たる彼女としては単なる毛皮ではなく呪物を拵える魂胆があったが。
どんどん先へと走っていく子供たち。いや、弟子たちを呼び止めようとしたとき。女武者は、弟子たちの声を聞いた。
「おば……お師匠様。人が倒れてる」
慌てて駆け寄った先。
河原には、ひとりの男が倒れていた。両眼を潰された男が。
女武者は、弟子たちへ自らの首と毛皮を預けると、男の生死を検分する。
―――生きている。
となれば、するべきことはひとつである。女武者は男を担ぎ上げ、廃屋へと歩を進めた。
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