第四話 ちゅーとりある:ぜろ その2

平和(この世界にだって平和くらいある)

ぽかぽかとよい陽気だった。

一面に広がる畑の中を流れているのは小川である。それと直交する道の途中には丸木橋がかけられていた。のどかな風景と言えよう。各所では収穫にいそしむ農夫の姿も見えた。春野菜がちょうど旬の盛りである。

そんな中のひとり。収穫した野菜をたっぷりと入れた籠をぶら下げた天秤棒を担ぎ、丸木橋を渡ろうとした農夫は、道端に見慣れぬ子供がふたり、並んでいるのに気が付いた。服は着古しているが清潔、と言った塩梅である。旅人だろうか?それにしては親の姿が見当たらぬが。

「こんにちは」

「おお、こんにちは。ふたりだけかね?」

「おばちゃんもすぐそばにいるの」

「そうかい」

子供の返答に納得する農夫。やはり大人もそこらにいるのであろう。

「おじさん。お野菜を分けてくださいな」

「うん?構わんが、金はあるかね」

「これと交換してもらいなさい、っておばちゃんが」

二人の子供の、男の子の方。恐らく兄であろう子供が差し出したのは、何やら骨を細工したらしい首飾りである。驚くほどに精緻に見えた。

「ほほぉ。こりゃあ結構な代物だなぁ。なら。ほら」

農夫は天秤棒を降ろし、丸々と膨れ上がった葉物を二玉。籠から取り出すと子供たちへと渡してやる。重さで姿勢が崩れかける子供たち。

「はは、大丈夫かい」

「大丈夫」「へいきー」

「そうかそうか。じゃあな。まだ太陽神様が見ていて下さるとはいえ、気を付けるんだよ」

「はーい」

ぺこり、と頭を下げ、その場から去っていく子供たち。とてとてと大きな野菜に運ばれているかのような動きに心を和ませると、農夫は交換に受け取った首飾りを身に付けた。

彼は後日、村を訪れた魔法使いから、この首飾りは大変に力のある呪物―――高位の悪霊からでも身を守れるような―――だと教えられて大層驚く事となる。


  ◇


陽光が枝葉で遮られる森の中。

薄暗いそこでは、かまどが組まれ、煮炊きが行われていた。半球状の鍋に葉物の野菜をはじめとした食材や薬味がぶち込まれ、火にかけられていたのである。良い匂いが周囲にたちこめた。

調理を行っているのは、傍らに脱いだ甲冑と、そして自身の生首を置いた女である。切断された首の断面を晒している彼女は女武者だった。

調理の様子をワクワクしながら見ているのは、先ほど首飾りと交換で野菜を手に入れてきた兄妹。

やがて出来上がった食事を椀に装い、女武者は子供たちへと差し出した。

「おいしい」

妹の言に皆が笑顔となる。平和だった。

先の寺院での一件の後。女武者が子供たちを連れて旅を続け、早半月が過ぎている。途中幾つか村があったが、それらで兄妹を預ける気にもなれなかった。まさか地母神の神官。それも長が、魔物に取り憑かれていたとは。

子供たち。特に見鬼の力を持つ兄の証言と、そして自身が見た事実から、女武者はほぼ事件の真相を突き止めていたのである。

今のところはあの村から離れる方向で旅を続けている。まさか神官たちが追ってくることはあるまいが、少しでも離れた方がよいという判断だった。

それでも、いつかは立ち止まらねばならぬときが来るだろう。子供たちにこの旅は過酷すぎる。

そんな事を考えながら、女武者は兄妹を見ていた。

幸い、時間は無限にあった。目的のある旅ではあったが、それは後回しにしても差し支えない。だから、彼らが成人するまで養うことはできる。できるが、大変にそれは難しかった。女武者は死者である。この首がない姿では、里者との交易すらままならなかった。高位の魔法使いとはいえ無から何でも作り出せるわけではない。悩ましかった。

頭を悩ませる女武者の前で、子供たちが食事を終える。

「ごちそうさま」「ごちそうさまー」

彼らの様子を見て、女武者は覚悟を決めた。首を抱きかかえ、表情を引き締める。

居住まいをただしたその様子に、兄妹も何かを感じたようだった。

女武者は、話を切り出した。

「……ぁ…ぅ……」

「……え?」

「兄ちゃん。おばちゃん、なんて言ってるの?」

「……私の弟子になるか。それとも、どこかで里者に預けられるか。どちらかを選びなさい。って」

女武者は語った。魔法使いの道は厳しいものである。修業は終わりがない。ひたすら自らを高めねばならぬ。だが、己はそれ以外の生き方を教えられぬ、と。

だから、彼女についていくということは、彼女の弟子となる、ということ。

ふたりは少しの間考え込み、そして同時に答えを返した。

「なる。おばちゃんの弟子になる」と。

こうして、首のない魔法使いに新たな弟子ができた。

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