しかしこの兄妹、モンスター遭遇率高すぎではないか(一定確率でドラゴンに遭遇する昔のゲームよりはマシ)

外では雷雨が降り注ぐ中。

兄妹は、走っていた。神殿の廊下を。しばしたっても奴が舞い戻って来ぬことを確信した後、ようやく助けを求めるという発想に至ったのである。

質素ながらもしっかしとした作りの建物を駆け抜けた先。

そこに立っていたのは、やつれた姿の神官であった。彼の周りには数名の神官や侍者アコライトが従っている。

ちょうどよい。助けを求めようとした兄。彼は、歩み寄ろうとして気がついた。眼前の神官が、病床にあるはずの神官長だと言うことに。そしてその、異様な気配に。

間違ってもそれは、まともな人間のものではない。

―――こいつは、何なんだろう。どうして、あいつと同じ気配がしているんだろう。

見れば、神官長の体。その数か所に血が滲み、服には小さな穴が開いている。ちょうど先ほど小刀で差した部分が。

困惑している兄妹を指さし、神官長は叫んだ。

「こやつだ!私を刺したのは!」

兄妹に伸びる、幾本もの手。自分たちを捕らえようとする神官や侍者アコライトたちに背を向け、ふたりは走り出した。


  ◇


雷鳴響く山中を進む、完全武装の麗人の姿があった。

異国の甲冑に身を包み、両手で雨避けに毛皮を広げ、腰に太刀を佩いた彼女にはしかし首がない。女武者だった。

旅立つわけではない。荷物の大半は相変わらず岩陰に隠している。にもかかわらずこのような姿でいるのは何やら胸騒ぎがしたからだった。武装が必要になる、という。

高位の魔法使いの霊感である。軽んじるべき要素は何一つとしてなかった。

木々の合間を抜けた先。兄妹を預けた寺院を見下ろせる岩山の上まで来たところで、彼女は自分の勘が正しかったことを悟った。何やら寺院全体が騒がしいのである。

女武者は、崖を駆け下りて行った。


  ◇


「―――これは何の騒ぎですか!?」

老いた神官。兄妹を最初に寺院へと迎えた男は、慌ただしさとそして、寝込んでいるはずの神官長が起き上がり、その身に負傷の痕跡があるのに驚いていた。

問われた神官長がこちらを向いた時。老いた神官が感じたのは恐怖である。

―――この方がこのような凶相を浮かべられるとは!何事だ!?

まるで悪鬼のごとき形相の神官長に、老いた神官もひるむ。

「あの子供が、あろうことか私を刺し、逃げた。そなたも武装し、山狩りに参加せよ」

「なっ―――」

―――なんだ。何が起こっている!?あの子らが人を刺しただと!?

分からなかった。神官には分からなかったが、しかし彼も神官であると同時に戦士である。非常時に一人が迷えば全員が死ぬのだ。

事実を確かめるには、ひとまずあの子供たちの安全を確保してからとするしかない。

彼は、命令に従った。


  ◇


寺院を飛び出した兄妹は、山中へと駆け込んだ。

安全なはずだった地母神の寺院には魔物が巣食っていた。神官たちはみな追いかけてくる。もう故郷の村はない。頼るべき人もいない。行くあてなどなかった。

―――いや。ひとりだけ、いる。

もはやこの世で一人だけ、信じられるひとが。首がないあの魔法使いならばきっと、助けてくれるはず。

けれど、彼女がどこにいるか分からない。もう旅立ってしまっただろうか。そうなれば、幼い子供たちには探し出す手段などなかった。

と。そこで聞こえてきたのは後方からの声。

「いたぞ!あそこだ!!」

振り返らずとも分かった。追手だ。兄は、妹の手を引き精一杯走った。子供の足ではたかが知れているが。

そして。

「あっ」

妹が転び、その手を引いていた兄も巻き添えで転倒。

だが、それがふたりの命を救った。

風切り音と共に頭上を飛び去っていったのは、矢。それはすぐ先の木の幹に突き刺さり、矢羽を震わせながら停止する。

「……ひぃっ」

兄も、恐怖に息を飲んだ。彼らは自分たちを殺す気だと理解したのである。足を止めてしまった。すぐそばまで、神官たちが迫っている。完全武装した神官や侍者アコライトたちが。逃れる術はない。殺される!

起き上がろうとしたふたりへと追いついてくる男たち。彼らはたちまちのうちに兄妹を囲み、逃げ場を奪う。その後から追って来たのは凶相の神官長。

雷光が照らし出す、その瞬間。兄は見た。

神官長の長く伸びた影。その中に、異様な霊気が凝っているのを。そいつから伸びた幾つもの気が、神官長の全身に絡みついている様子を。

―――あれだ。神官長は、こいつに操られているに違いない!!

捕らえられ、絶望するふたりの前で、神官長は帯剣をすらりと構えた。

刃が振りあげられたとき、兄妹は揃って目を閉じた。助からぬ。

だから、観念したふたりがしばし待っても何も起きないことに不審がり、目を開けた時。そこにあったものを見て、彼らは夢を見ているのかと思った。

そう。不思議な甲冑を纏い、太刀を手にした麗しき武人の背を。

雷光が、首のない女体を照らし出した。

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