あやしい(あやしい)

闇に包まれた部屋だった。

窓は閉め切られ、隙間という隙間は塞がれている。微かにすえた臭いもした。

不意に、扉が開かれる。外から射し込んだ光に、部屋で潜んでいた者の動く気配がした。

「神官長。こちらが、先ほど話しました子供たちです」

扉の向こうにいたのは老いた神官と、幼い兄妹。神官長と呼ばれた人物はその姿を認め、言葉を返した。

ひどくしわがれた声を。

「……そうか」

随分と億劫そうな返事である。それ以上の言葉がかからぬことを悟った神官は、子供たちを連れて退出した。

神官長は、いつまでも閉じた扉の向こう。去った子供たちを見ていた。


  ◇


「すまんなあ。神官長はご病気なのだ」

神官の言葉に、兄妹は頷いた。明らかに尋常な様子ではないのは子供でも見て取れた。

周囲の様子は慌ただしい。隣村が壊滅したとの伝えに、村の主要な者たちも神殿へと集まっていたのだった。男手を集め、事実を確かめなければなるまい。

とはいえ、不意に崩れた天候でそれも怪しくなった。暗雲が立ちこめ、ポツリポツリと雨が降り始めたのである。間もなく豪雨となろう。農村にとって恵みの雨だが、これでは遠出するわけにもいかぬ。

だがその前に。

「お前さんたちを助けたという魔法使い。どんなお方じゃったかね。私にだけ教えてくれんか」

子供たちから聞き出せることはすべて聞き出すべく、神官は尋ねた。他のことは子供らも答えるのだが、これについてはだんまりなのだ。

「……すごく、綺麗なおばちゃん」

沈黙を経て、ようやく兄が口を開く。

「ほうほう。そうなのかね」

「でも、首がとれてた」

「…首が?」

ようやく神官は得心。不死の怪物であろう。それが人を助けたとはたまげたが。

同時に相手が何故、姿を見せなかったのかも理解できた。怯えさせぬようにという配慮であろう。

「なるほど。よう分かった。誰にも話さぬから安心しなさい」

その言葉に、兄妹もようやく安心したらしい。ふわぁ、と欠伸までする。

「疲れたろう。しっかり休みなさい」

神官は、眠りかけた子供たちを空き部屋へと連れて行った。


  ◇


───雨か。

深夜の山中。起き出した女武者は、裸身のまま雨を浴びていた。

冷たくはない。死者はもはや寒さを感じないから。切断された首の断面。そして小脇に抱えた生首にも容赦なく雨滴が襲いかかる。

とはいえ、この雨の中旅に出るのも考え物だった。荷物が濡れてしまう。雨の気配を感じた時点で近くの岩陰に隠したから、止むまで出立を取りやめるのがよかろう。

雷鳴が響く中、女武者は、空を見上げていた。

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