第七部 神仙編
第一話 女武者、死す
首を切断された女性はこれで9人目(多すぎぃ!?)
「くっ。殺せっ!!!」
言葉への返答として振り下ろされたのは、偃月刀 。
視界がずれる。顔が地面にぶつかる。首が転がる。
───ぬかった。
女武者の内を占めていたのは、恥辱。
最後に月を見上げ、彼女は、死んだ。
◇
月光の照らし出す竹林でのことだった。
むくり。
周囲をきょろきょろ見回しながら、女武者は起き上がった。もう敵はいないようだ。それはそうだろう。女武者を殺したと奴らは思いこんでいるはず。いや本当に死にはしたが。殺した程度で私を無力化できると思うなよ。
そんなことを考えながら、彼女は体を確かめる。
ひどい有様だった。
衣は裂かれ、全身の穴という穴は汚されている。殴打の痕も多数。いかに近い将来、脱ぎ捨てていくものとはいえこれには腹が立つ。
おっと。忘れるところだった。
よっこいしょ、と女武者が拾い上げたのは黒髪の生首。
美しい顔立ちだった。鋭い目つき。朱でも塗ったかのような唇が艶めかしい。血の気のなさと相まって、凄絶な美貌と見える。
女武者自身の首だった。その証拠に、ほぼ裸身の胴体は首の断面を晒している。
彼女は魔法使いだった。それも、力のある
死んだふり(この表現もどうかとは思うが)を終えた彼女は周囲を見回し、使えそうなものが何もないことを確認すると動き出した。
敵勢を追い、報復をくれてやらねばならぬから。
◇
闇の中だった。
血臭が外から流れ込むそこは馬小屋の奥である。そこに積み上げられた藁の中で、幼い兄妹は息をひそめていた。
先程まで悲鳴と絶叫、怒号が鳴り響いていた外は静か。もはや生命ある者はその全てが息絶えたのであろうか。
分からぬ。ふたりには分からなかったが、外に確かめに行く度胸はなかった。ここに隠れていれば安全、という確証はなかったが、少なくとも今までは無事に過ごせている。あえて外に出ていく理由がなかった。
どうしてこんなことになったのだろうか。そんなことを、兄は考える。
いつもと同じ朝だった。村の裏手にある竹林へ筍を取りに行き、水汲みをし、畑仕事を手伝い、妹の世話をしながら一日を無事に終え、床に就いた。
変わったことと言えば、村に一軒しかない宿にいつもの隊商や神官ではなく、見たこともないような不思議な甲冑を身に着けた美しい異国の女人が泊まっていたことくらいか。尋常な気配ではなかったが、邪悪な存在には見えなかった。きっと方術士の類であろう。兄は昔から霊魂だの魑魅魍魎だのがよく見える。おかげで色々苦労したが。
そして、今現在においてはその特技。いわゆる霊や魔法の類を見通せる霊視の力は大変役立っていた。
違和感を感じたのは夜半。妹が、厠に行きたいというので連れ添って出た時だった。
用を足した妹を連れて厠から出た彼は、何やら竹林から奇妙な気配を感じたのだ。何か目に見えぬものがいるような―――。
妹を連れて慌てて馬小屋に飛び込み、外を伺ったとたん。
そいつは、人間に見えた。少なくとも見た目には。衣をまとい、毛皮を身に着け、巨大な金棍棒を担いだ、天を突くような大男である。しかし、兄の霊的な視覚には、凄まじいまでに禍々しい気配を帯びた人食い虎に見えた。妖怪変化の類に違いあるまい。
そいつだけではなかった。
わらわらと現れたのは、折れた鼻に下卑た表情を浮かべた小さな人型の怪物ども。石槍や石斧で武装したそいつらは寝物語に聞く
兄は、妹の口を押え、呆然とそいつらがやることを見ていた。鬨の声を上げ、家々へ押し入り、村人たちを虐殺していく闇の怪物どものやる事為すことを黙ってみていたのである。他にどうすることができただろう?
気付いた時点で声を上げるべきだったか、という事については何とも言えない。ただ、その場合真っ先に死んでいたのが彼ら兄妹だったことは疑いの余地もないが。
そして、藁の中にふたりは隠れ、今に至る。
今のところ馬小屋には奴らの手は及んでいない。農耕馬が二頭ほど小屋にはいたが、兄はこいつに乗る方法を知らなかったし、できたとして逃げられる保証もない。
だから、彼らにできることはこの災難が終わるのをただ、待つことだけ。
そのはずだったのに。
―――GURURURURUR………
外から聞こえてきたのは唸り声。恐らく
兄は、妹の口をしっかりと押え、隠れ場所。すなわち藁束の中で気配をそっと殺した。
―――来るな。来るんじゃない。あっちへいけ!
兄妹の祈りもむなしく、闇の怪物どもはこちらの方へとやってくる。
そこで、兄は己の犯した致命的な過ちに気付いた。
―――足跡がある!
地面に散らばった藁。その上にくっきりとついた足跡に、彼は気づいた。どころか隠れ場所の藁も随分と不自然な状態になっているに違いない。奴らの注意を引いてしまうほどに。
万事休す。
今の兄妹にできることは、ただ、奴らの手が伸びるのが一秒でも遅くなるのを願う事だけ。
にもかかわらず、
ふたりの姿が露わとなる。
だから、その瞬間。兄は、隠れるときに握っておいた鎌を、力いっぱいに振るった。
―――GYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?
絶叫と共に、
―――しまった。深く刺しすぎた!!
それでも妹を守ろうと身を盾にした彼は、見た。
凄まじい勢いで振り下ろされた手刀が、
そいつは止まらなかった。縦横無尽に振り回され、残る
恐るべき力量。
兄妹の前に立ったそいつは、女だった。信じがたいほどに美しい、裸身の女体。
しかしその美しさには欠けがあった。最も重要な部分が損なわれていたのである。
あるはずの、首が切断されていたのだ。
そう。切断。そいつは、自らの首を小脇に抱えていたから。
兄は、彼女の事を知っていた。宿に泊まっていた異国の方術士。
兄妹は、今度こそ揃って絶叫した。
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