というわけで今まで謎に包まれていた東方です(でもゴブリンはいる)

薄暗い人家。

人虎じんこは、食事を切り上げた。外から子供の絶叫が響いてきたからである。

子供は彼の好物だった。今食べていた瀕死の老婆など、骨と皮だけでさほど美味くない。

彼は、金棍棒を担ぎ上げると立ち上がる。驚くべき巨体に毛皮を身に着け、凶悪な面相だった。人間に見えたが、その実虎に変じる力を持つ一族の、それも邪悪な魔法使いである。非道な行為が目に余り、師匠から破門されたのだった。現在では村々を襲う邪悪な怪物どもの一党の頭目であり、この村をつい先ほど支配した征服者でもある。

「おい。行くぞ」

彼は、一緒に食事をとっていた弟分。蛇のような面構えに偃月刀を下げた男へ声をかけた。この蛇男も人間ではない。長生した蛇が術を覚え、人間に化けた妖怪変化であった。彼の好みは生きた人間の赤子を丸呑みすること。

弟分もよっこいしょ、と立ち上がると口を開いた。

「急がなくても大丈夫じゃないかね、兄貴」

小鬼ゴブリンどもが連れてくるだろう、と、言外に告げる弟分へ、人虎は答える。

「奴らじゃまた殺しちまうだろ。生きた奴を喰うから楽しいってのに」

「そりゃあ言えてる」

合意を見たふたりは、家の外へと飛び出した。

先程殺した女。手下を散々殺した魔法使いが再び起き上がったことも知らずに。


  ◇


子供の悲鳴が響き渡った馬小屋。その前に、小鬼ゴブリンどもは集まりつつあった。いつまで経っても中から同僚たちが出てこないからである。

だから、馬小屋に首を突っ込んだ一匹。そいつは、不意に動きを止める。

他の者たちがギョッとしているうちにそいつはばたり、と倒れた。

続いて中から出てきたのは、女。

麗しいその爪先は血と汚泥にまみれた素足。視線を上げれば、身を覆い隠すはずの衣は引き裂かれ、もはやボロ切れである。秘所を隠すこともなく歩み出て来たその肢体は流麗だが、抱えていた異様な荷物、すなわち女の生首が目を引いた。

だが、小鬼ゴブリンたちが気圧されたのはそんな事ではない。

形のよい乳房よりなお上。そこに本来あるはずの顔は、失われていた。首から上がすっぱりと切断されていたのだ。

となれば、脇に抱きかかえている生首こそが、こいつのものなのであろう。なるほど。首と胴体。合わせて一人分。数は足りている。

ぽかん、とその光景を眺めていた小鬼ゴブリンたちは、だからそいつの動きに対処できなかった。

首のない女が右手に携えていた槍―――奪ったものだろう―――は、ただの一振りで五匹の小鬼ゴブリンの体を断った。


―――GGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAAA!?


この段階で、ようやく小鬼ゴブリンたちは事態を把握した。こいつは敵だ!!

一斉に襲い掛かった闇の怪物ども。彼らの不幸は、敵との力量差を見抜けなかったことにある。

同時に突き込まれた何本もの槍は、女の胴体に食い込む。そう見えた瞬間、した。死者は死なぬ。彼女らを滅ぼすには、魔法が必要なのだ。それも、きわめて強力な。

反撃は強烈だった。

無造作に振り回された槍は、まるで藁束のように小鬼ゴブリンどもを薙ぎ払う。一撃は確実に5匹の小鬼ゴブリンの生命を奪い、それが3度ほど繰り返された時。

女を包囲していた小鬼ゴブリンたちの士気が崩壊した。手にした武装を投げ捨て、次々と逃げ出していった。


  ◇


わらわらと逃散していく小鬼ゴブリンども。奴らに対しても女武者は、容赦しなかった。

投じた槍は肉を貫いても勢いを止めず、三匹もの命を奪った。更に走って追いかけた相手を手刀で始末し、それでも逃げるのをとどめられぬ何十という小鬼ゴブリンどもを見た彼女は思案。手が足りぬ。

故に、女武者は手を増やすこととした。月灯りに照らされて生じた、自身の影に対して魔法を行使したのである。

奇怪な事が起こった。

女武者の影。その腕が何十本にも枝分かれし、どころか伸長すると、地面に転がった数々の武装の影をのだ。

影の持ち主たる武装は引きずられるように宙へと、浮かび上がった。

僅かな間を置いて、それらは一斉に投じられた。

正確に狙いを定めた多数の槍は、小鬼ゴブリンどもを貫く。

結果に満足した彼女は、村の中心へと向き直った。いや。そうしようとして、背後から声をかけられた。


  ◇


「ま―――待って!」

兄は、村の中央へと去って行こうとする女へと声をかけた。そうしなければならない、と思ったのだった。

先程自分たちが悲鳴を上げたあと。首のない女は少しだけ悲しそうな顔をし、すぐに出て行った。この時点で兄は、女が自分たちをただ、助けてくれただけなのでは?と気づいたのである。

しかし、言うべき言葉は口から出てこない。まるで喉の奥が固まったかのように。

それでも、体ごと振り返った女は、笑みを浮かべた。抱えている生首の目元をほんの少し緩めて、それを作り出したのだった。

女は再び背を向けると、歩き去って行った。村の中心へと。

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