敵地への潜入工作はシリーズ二回目(前回は四人で乗り込んでたけどな)

闇の種族も眠る。

彼らとて肉持つ身である。この世の理に従って生きている以上、飯を食い、老い、そして眠りに就く。

だから、昼間の彼らは注意力散漫だった。特に勤勉とは程遠い小鬼ゴブリンどもはその傾向が強い。歩哨の任を真剣に果たす者など皆無である

今。地下の都へと通じる、切り開かれた山裾。そこを守備する小鬼ゴブリンもそうだった。

暗雲立ちこめる下。どんよりとした空気の中、見張りの小鬼ゴブリンたちは暇を持て余していた。せっかくの戦だというのに留守番を割り当てられたのだから無理もなかった。邪悪な欲望を満たす機会を失って腐っているのだ。森妖精エルフの女は美人揃いである。それを犯すことも、都から財物を略奪することも、泣き叫ぶ子供を引き裂く事だってできぬ。せいぜい残り物を与えられればよい方だった。もちろん彼らは、戦えば自分が死ぬかもなどとは考えない。いざとなれば隣の同僚を盾にすればよいのだ。闇の者に仲間を想う気持ちなどないのである。

そんな彼らだから士気も低い。目下の関心ごとは、草むらで捕まえた小動物をいかに苦しめてから喰うかである。故に、道を歩いてくる者を発見したときも、それが大小鬼ホブゴブリンだと判明した時点で興味を完全に失った。そいつは獣の皮をまとい、棍棒を下げ、背負い袋を担いでいる。何も不思議なことはない。

大小鬼ホブゴブリンが、醜悪な遊びに興じている彼らの横を通り過ぎたときも。そして、明らかに安堵のため息を付いたときですら、見張りの小鬼ゴブリンたちはなんら不審に思うことはなかった。


  ◇


―――なんでいつもこうなるんだろう。

たった今小鬼ゴブリンどもの横を通り抜け、闇の者どもの都。その入り口へと入り込んだは、今まで何回思ったか分からないことを再び、思考に浮かべていた。

獣の皮を身に着け、背負い袋を担ぎ、棍棒を片手にしている今の彼の姿は大小鬼ホブゴブリン。魔法によって姿を変えているのだった。形状変化シェイプ・チェンジの秘術である。

この魔法は姿を変え、生理的な機能すらもある程度は模倣するがそれだけだった。他者をだまそうとするならば術者の演技力の方が問題となる。だが少年は大小鬼ホブゴブリンの振る舞いには詳しかった。何しろ闇の怪物どもがひしめき合う地下迷宮ダンジョンで育ったのだから。故にこの姿が、敵地へ潜入しようとする彼の仮初の姿に選ばれたのだ。

彼がひとまず目指しているのは地下都市の神殿。地形は神官戦士や童女から聞いていたし、場所は位置探査ロケーションの魔法で分かる。奪われた神官戦士の武装。鎖帷子がまだそこに残されていたからだった。もちろん、彼が危険を冒して敵地へ潜入しようとしている目的は武装を取り戻すためではない。

姫騎士だった。

彼女の首を取り戻す。そのために、少年は危険を冒してこの地へとやって来たのだ。

もう疫病については彼の出番はない。森妖精エルフたちにとって、少年の役目は終わったのだった。だから一人で来た。今、森妖精エルフたちは忙しいから。それに、一人の方が身軽だった。

現に、今もこうして敵の都市へとたやすく潜入できたではないか。

これ以上他人の事情に振り回されるのは御免だった。さっさと姫騎士の首を取り戻し、そして帰ろう。第二の故郷となった村へと。

決意を新たにした少年は、地下通路を潜り抜け、広大な空間へと入り込んだ。

闇の種族の地下都市へ。

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