全裸幼女が闊歩している(と書くと危険)

「……うげ。これを飲ませるのか?」

嫌そうに眉をひそめたのは旅人である。

そこは城塞の一角。奥まった部屋では、病を殺すが完成したところだった。

そう。アオカビから作られた魔法薬ペニシリンが。

「いや。胃の働きで壊れるから、経口摂取はいかんらしいぞ。なんでも、針のごとき管で血液に直接混ぜ込むんじゃとか」

少年の告げた処方を筆記し、伝えた神官戦士は答えた。彼らの手元には、この薬を使うための管。ある種の魔獣から採られたそれが既に用意されている。

「おっかねえなあ」

「仕方あるまい。この手の呪詛のたぐいを退ける方法は得てしてまともに見えんもんじゃろ」

「そりゃそうだけどよ」

と。そこへやってきたのは、旅人の兄。森妖精エルフの戦士の長である。

「よう、兄さん」

「薬ができたと聞いたが」

「ああ。とりあえず第一段って奴だ。十分な量揃えるのは時間がかかるが、魔法使いなら誰でも作れる。人手をかき集めてくれ」

「分かった。それで、初めにそれを、与えるものだが───」

「そりゃもちろん。一番弱ってる者。だろ?親父ならそう言う」

「うむ。手配しよう。

それで、この薬を作ってくれた方は?」

「寝かせてる。儀式で疲れ果ててる上にあんなことがあっちゃな」

「……そうか」

戦士の長は目をつむり、しばし瞑目。

やがて目を見開いた彼は、傍らの岩妖精ドワーフにも向き直った。

「あなたにも、なんとお礼を言えばよいか」

「礼は後でよいわ。それより、差し迫っとるもうひとつの問題があるじゃろ」

実際、神官戦士の言うとおりだった。

疫病が蔓延したせいで森妖精エルフたちの戦力は激減している。病者が回復するにしても、体力を取り戻し戦えるようになるまでどれほどの時が必要か。

だが、敵は待ってくれない。闇の軍勢が本拠としている都から出陣し、こちらへ向かっていたのである。

「───兵が足りぬ」

「うむ。まぁそっちには宛が少々あるんじゃがな」

岩妖精ドワーフの言葉に、森妖精エルフたちは耳を傾けた。


  ◇


森妖精エルフの建築物は、彼らの美意識を反映したものである。

だからその武器庫も、岩妖精ドワーフにはなじみの薄いものだった。

整然と並んだ武装の数々。それらは森妖精エルフたちの体格にあわせられたもの。むろん岩妖精ドワーフ用の装備などここにはない。

それでも神官戦士は幾つかを選び、そして運び出した。

手斧。鎖帷子。兜。盾。

失った装備の代わりだった。鎖帷子は体に合わぬが、彼は武具職人の心得がある。自分の体格に仕立て直すことは出来よう。

それらを抱えて武器庫から出てきた彼は、待ちかまえていたネズミ。いや、その姿の変身妖精プーカの童女に声をかけられた。

「すごい荷物ね」

「お前さんか。まぁのう必要じゃからのう」

道具を持たぬ変身妖精プーカにも、頑丈そうな武装の威力は理解できた。

自らにそれを振り回す膂力がないことも。

「おぉ、そうじゃ。これを返さねばならんの」

神官戦士が取り出したのは魔法の短剣。童女から借り受けたものだった。

変身を解き、起伏に乏しい幼い裸身をさらす童女。彼女は短剣を受け取り身に付ける。

「さて。これでわしの用事は済んだ。次はお前さんらの用事を片付けんとな」

「ええ。期待している」

期待に添えるように頑張らんとのう、と呟き、岩妖精ドワーフは荷物をひとまず机に置いた。さらには彼が懐から取り出したのは文。

樹皮を柔らかな葉で包まれたそれは、聖威が宿っていた。祝福されていたのである。

「これは?」

「近くに岩妖精ドワーフの都市があるのは知っておるじゃろ?」

それは、救援を求める手紙だった。森妖精エルフたちは伝統的に岩妖精ドワーフと仲が悪い。だから彼らに助けを求めなかったのであろうことは、神官戦士には容易に想像がついた。

されど、実際にこの地にたどり着き、起こっていることを見て回った神官戦士からすればこれは人事ではない。この地に住まうもの全てが立ち向かわねばならぬ状況だった。だからそれを、彼は文にしたためたのである。

「……岩妖精ドワーフたちが森妖精エルフを助けてくれるかしら?」

「じゃから、お前さんたちを助けてやってくれ、ついでに森妖精エルフどもにも恩を押し売りできるぞ、と書いた」

「呆れた」

童女は苦笑。

とはいえ悪くはなかった。戦力は多い方がよい。

「すまんがそれを届けてくれんか」

「分かったわ」

童女はそれを受け取り、そしてネズミへと姿を変えた。

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