映像化不可能(二回目)

絶叫が、地下深くで響き渡った。

それは、女だった。黒髪の女が裸身を晒され、鎖で岩肌へと繋がれているのだった。

苦痛に喘ぎ、全身から血を流し、鞭で打たれた痕跡が多数見受けられ、手の爪がすべて抜き取られた彼女。生者と見まごうばかりの姿の女は、姫騎士。

されど、彼女は死んでいる。死んだまま、生者と同じ苦痛を味合わせられているのだ。

「よく鳴く。それだけ元気があるならば、もう少し痛めつけても問題あるまい」

姫騎士へと苦痛を与えている主。ローブに身を包んだ高司祭は、闇妖精ダークエルフらしい冷酷な視線を投げかけた。

彼は傍らの台に置かれた鉄串を取り上げる。

「次はこれを試してみようか。それとも歯を抜いてみるか?」

その言葉にも、もはや姫騎士は答える余裕を持たぬ。死者は死なぬ。死ぬほどの拷問を受けたとしても死ぬことができぬのだった。ただ、その霊魂。すなわち精神そのものが破壊されていくのみ。

ここは、闇の種族の神殿の最奥。神に最も近い場所であるがゆえに、霊の働きが物質界より強まる。ある種の幽界かくりょなのだ。

だから、死者と生者の区別は曖昧となる。

だが死者は死者だった。

姫騎士は、死者であるままに生者の苦痛を受け続けるしかない。

高司祭が取り上げた鉄串。それが、突き出された。

血の気も引くような鈍い音が響いた。

遅れて、女の絶叫。眼球を貫かれた姫騎士。彼女が上げているものだった。

それを聞く高司祭は満足していた。彼らの祭儀とは苦痛と流血。邪悪に満ちた静謐とでもいうべきものだったから。

拷問は一昼夜を通して続けられ、姫騎士の精神は、狂う寸前にまで破壊された。完全に狂ってしまえば陽光に耐えられぬ。それでは首なし騎士デュラハンとしての価値が大きく損なわれてしまうが故に。

彼女は、狂う事すら許されぬのだった。


  ◇


闇の中。

土を敷き詰められたで、姫騎士はまどろんでいた。

―――ああ。死にたい。

埋葬とは魔法である。死者に安息を与える儀式。

されど、それも姫騎士には救いとはならぬ。何故ならば彼女は道具としてここにいる。壊れた道具を補修するためにされているに過ぎないのだから。

任務の失敗への制裁として加えられた拷問。それは、姫騎士の精神を著しく弱らせていた。どころか、傷ついたその精神は幾つもの記憶を欠損させ、魂に不可逆の傷を負わされていたのである。

あの地下迷宮ダンジョンでもそうだった。

だから、彼女は自分の母親の顔も覚えていない。生きていたころの様々な記憶は、ぽっかりと幾つも失われている。

今日、失われたものが増えた。

今度は何を忘れてしまったのだろう。どんな感情が消えたのだろう。

分からない。分かりたくもない。知ることができたとしても取り戻せぬのだから。

やはり、この数年は奇跡のようなものだったのだろう。

少年との生活が楽しすぎて、ついずるずると生きてきてしまった。さっさと死んで弔われておけば、こんなことにならなかったのに。

二度目の奇跡はないだろう。

だからせめて。

斃されるのであれば、少年の手にかかりたい。

そんな事を思いながら、姫騎士は眠りに就いた。

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