第四話 しーんうら その2

男の水ぽしゃです(誰得)

大森林には整備された道などない。わずかな住人たちによって切り開かれた獣道があるだけだ。だから、ここでの交通の主力はカヤックだった。木と獣の骨で作った骨組みに皮を張って作るのである。軽量で運搬も容易だった。

「───っ!?」

ぼしゃん

今、湖の隅でひっくり返ったカヤック。そこから投げ出されたのは、奴隷だった少年である。

「おぉい。大丈夫かぁ?」

その様子を岸で眺めていたのは狩人だった。村の男たちと漁をしに来た彼は、物のついでとばかりに少年にカヤックの操り方を教えていたのだ。

「っぷ……かはっ!…な、なんとか」

自力で水面から這い上がってくる少年。ここは浅い。大人が監督している限りおぼれる心配はなかった。ちなみに漁は既に終わっている。

それにしても、と狩人は思う。

この子供が、霜巨人フロスト・ジャイアントを仕留めたのだ。しかもそのうち一体はたった一人で。

さらに、あの首のない女。彼女のような強力無比な怪物を従えている。少年が作ったものではないそうだが、当たり前のように言葉を交わし、彼の言葉に素直に従うあの不死の怪物を見ていると、両者の力関係が見て取れるようだった。大森林の猟師たちは実力を重視する。魔法の力もそうだが、機転や度胸を皆が評価していた。

それに、真面目で人一倍働く。学習意欲も高い。教え甲斐があった。村での生き方だけではなく、猟についても。惜しむべきは体が年の割に小さいことか。彼の境遇を鑑みれば無理もないことではあったが。

彼を一人前の男にするぞ。

狩人は決意した。


  ◇


少年は控えめにいっても幸福な毎日を村で過ごしていた。

腹一杯食べられる。理不尽な理由で殴られない。分からないことは聞けばきちんと教えてくれる。寝床も快適だったし、新しく貰った古着もすばらしい着心地だった。

唯一不満があるとすれば、姫騎士と触れ合う時間が減っていることか。だが仕方なかった。死者である彼女を昼間に活動させるわけにはいかぬし、村で暮らす以上は少年の生活時間帯が昼間になるのは避けられない。だから二人が顔を合わせるのは日が落ちる頃と、そして日が昇る前後の時間帯だけ。

その時間で、姫騎士は己に出来ることをした。自らが伝えられる物を少年に授けていたのだ。

武術。礼法。算術。言語。軍事。政治。彼女は元々小国の姫君である。高度な教育を受けていたのだった。それくらいしか、姫騎士が与えられる物はなかったが。

ふたりは、奇妙な隣人として村に受け入れられつつあった。

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