第五話 北の坑道

おねショタも尊い(尊い)

月が照らす夜。

山々を駆ける人影があった。

ゆったりとした衣を纏い、左腕で麗しい顔を抱えている彼女の胴体は、首の断面を晒している。

姫騎士だった。

彼女は人間離れした跳躍力で岩から岩へと飛び移り、斜面を駆けのぼり、そして山の頂まで一気に駆け上る。

そこでようやく立ち止まった彼女は振り返ると、まず大森林。次いで、足元の村落へと目をやった。自分と、そしてかけがえのない少年が暮らす小さな村を。

もうこの地に流れ着いて数か月になる。多少の事件は起こったが、おおむね平和で穏やかな時を過ごすことができていた。

されど。

彼女の心は穏やかではいられなかった。それは、少年がたくましく成長しつつあったから。

栄養失調気味だった彼の肉体は、この地について良好な環境に置かれた影響だろうか。ぐんぐん育ち始めた。幼い子供だと思っていたのに、あの様子ではすぐ大人の男になるだろう。

それと共に、彼の視線が気になりだした。いや、逆か。少年が、姫騎士を視る目が変わったのである。

女としてみるようになった。そう、姫騎士は解釈している。

こんな、首のない化け物の自分。動く死体の自分を好いているのだ。恐らく、彼は。

嬉しくないと言えば嘘になる。だが自分は死者だ。子を産むこともできぬし、彼と生命の喜びを分かち合うこともできぬ。

それに、自分が少年に抱いている気持ち。きっとこれは、慕情ではない。もっと別。恐らく、彼を自分の息子のように思っている。

それは姫騎士の心を人の側につなぎとめる大切な感情ではあった。土の下で眠り続ける、という誘惑に打ち勝てるのも、この気持ちがあればこそだから。

景色を眺めて気を落ち着けた姫騎士は、やがて来た道を戻り始めた。


  ◇


姫騎士と少年の住処は、村の外れ。川を挟んだ反対側にあった。

草地に覆われた斜面を越えた先。村から直接は視線が通らぬそこは墓地にもほど近い立地である。死霊魔術の心得もある少年にとってはさほど気にならぬ場所であった。墓地に眠る死者たちと言葉を交わし、様々な事を教わったりもしている。

最初ここには、急場しのぎで作った差し掛け小屋がぽつん、とあっただけだったが、現在は地下室を備えた、小さいながらも立派な木造家屋が出来上がっている。地上部分が少年の生活空間であり、地下で姫騎士が眠る。村の男たちが暇を見て建ててくれたのだった。

すっかり少年の村での扱いは「巨人を倒した大魔術師」というものになっている。実際の所大した魔法を使えない少年にとってはどこかこそばゆい呼び方であったが。

彼は、村で働く傍ら薬師の所にも通っていた。正当の魔法を習い覚えるためである。そもそも少年の魔法は見様見真似だった。かつての主人だった地下迷宮の主。闇の魔法使いだった彼のわざを盗み見て、こっそりと練習していたのだ。もしもばれていれば殺されていたに違いない。魔法使いにとって、魔法のわざは何者にも代え難い財産であるから。

薬師も「そろそろ弟子が欲しいと思ってたところでね」と少年を受け容れている。それまで村で唯一の魔法使いだった彼女の指導を受けて、少年の力量はめきめきと上達していった。

全てが順風満帆に進んでいる。

そんなときだった。北からの客が現れたのは。

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