脚の生えたものは何でも喰います(でも不味そう)

少年が目を覚ました時、既に日は高く昇っていた。

激しく動いたせいか熱をぶり返した彼には、村長の家の一室が提供された。診療所は巨人が腕を突っ込んだせいで片付けが必要だったからである。病人をそんな場所に寝かせるわけにはいかぬ。

外に出た少年が目にしたのは、総出で仕事に取り掛かっている村の人々。そして、鮮やかな手並みでされていく霜巨人フロスト・ジャイアントどもの亡骸だった。

まさか闇の怪物までもをにするとは。少年は苦笑していたが、実際の所それはよい方法ではあった。巨人どもは大きすぎて村の中から運び出すなら解体する必要があったのだ。このまま腐敗するに任せるには衛生面の問題も大きすぎる。どうせ解体するのであれば利用する方が効率も良いし、損害の穴埋めにもなった。

だから、姫騎士と少年によって仕留められた霜巨人フロスト・ジャイアントたちも貴重な資源として扱われた。

それは葬送でもある。

猟師と獲物の関係は常に喰うか喰われるかだった。だから、彼らの死生観においては闇の怪物と言えども、倒した以上は敬意を持って扱われるべき対象なのだ。

肉が切り取られ、骨が取り除かれていく。

大森林の猟師たちのわざは、巨人ですらその全てをどん欲に利用できた。四匹もの霜巨人フロスト・ジャイアントの死体である。村は当分、肉に困るまい。もちろん食べきれないぶんは保存のためにも、乾燥させ、あるいは燻製とせねばならないが。

また、鞣しをかけていない皮ローハイドからは靴底、バッグやバケツ、ロープ、箱やそのほかの実用品を作ることができる。そのための作業は速やかに行うのがよい。だから、猟師たちを中心とする村人たちは霜巨人フロスト・ジャイアントどもの解体を素早く進めていた。

それらの工程を、少年はただ、見つめている。

「驚いたかのう」

背後からかけられた声で、少年は振り返った。

そこに立っていたのは刺青を入れた老人。村長である。

「はい」

「うむ。

お前さんがたには感謝しておるよ。回復するまでいてもらって構わん」

「……ありがとう、ございます」

少年は素直にうなずいた。ありがたかった。まだ彼の体力は十分に回復しておらぬから。

「お連れさんから事情は。行く場がないんじゃったら、この村にとどまってみるかの?もちろんお連れさんも一緒で」

「……いいんですか?」

「ま、死にぞこないアンデッドを村の中に置くのは反対する者も多いじゃろうから、村の外れに住んでもらう事になるがの。それでよければどうじゃ」

「……はい。これから、よろしくお願いします」

「うむ」

頷き、村長はそのまま歩いて行った。作業を手伝うのだろう。

やがて、少年は寝床へ戻った。


  ◇


村外れの森でのこと。

昼間を支配していた太陽神が眠りに就き始める時間帯。陽光は色を変え、最期の輝きが斜めに地面を照らし出す。

その輝きの中、大地の一角。まだ掘り返されて間もない場所が、突如盛り上がった。

土の下から伸びあがったのは、白い繊手。女の手。驚くほど繊細で美しい、白魚のような指だった。

それは、土をどけ始める。自らの体の上にかぶせられていた土を、まるで布団をどけるかのように片づけ始めたのである。いや、実際にそこに眠っていた者にとって土は柔らかな布団であったのだが。

やがて、大地の底から起き上がったのは麗しき女体。一糸まとわぬ彼女には、首がない。

姫騎士だった。

首を掘り返した彼女は、傍らに見慣れた姿の少年が腰かけていたのに気が付いた。

「……おはよう」

「…ぅ…………」

完全に回復した少年の姿を見て、姫騎士は安堵する。

「うん。

心配かけてごめん。もう大丈夫だから」

「……ぁ……」

「それと。ありがとう」

夕日が沈んでいく。

明日、再び目覚めるための活力を蓄えるために。

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