闇の種族はどうやって戦う気なんだろう(ぉぃ)



───まるで冥界へ足を踏み入れているかのようだ。

商業都市の魔法使いのひとり。馬魚ヒッポカンポスに跨がる戦士は、水底をそう評した。

海中は暗い。月光のちからは限りなく弱々しく、容易に海水で遮られる。昼間はかなり深くまで見通せる深度でも、先は闇と言えた。

それでも彼は、己が跨がる乗騎を信じた。鋭敏な五感をもつこの幻獣は、敵の位置を正確に感じ取っているはずだと。

息はまだ持つ。彼が付けている腕輪の魔力だった。半刻近く息継ぎなしでいられる魔法の品物である。

馬魚ヒッポカンポスが首を振った。耳を動かし、鼻を揺らしてしきりに周囲を警戒する。

水に遮られた彼方へと、乗騎が向き直った時。

突如として、闇が広がった。奥に漆黒をたたえた巨大なあぎとが襲いかかってきたのだ!

食いつかれる。そう見えた乗騎の頭部が助かったのは、戦士が仕事を果たしたからだった。

投じられたのは投網。戦士自らが拵えたそれは、敵へと絡みつく。

あらゆる水棲生物を捕らえる魔法が付与された呪物であった。

動きを封じられ、もがくそいつ目掛け、銛が突き込まれた。

一撃では死なぬ。だから死ぬまで突き刺す。そう。何度も何度も。

やがて動かなくなったそいつに、戦士はようやく安心する。

倒した敵は、四肢の生えた巨大な魚に見えた。

魚人ギルマン。水に棲まう、邪悪なる種族であった。

投網を取り返し、次なる敵へと向かうべく周囲を見渡す戦士。

そこで、気付く。

分厚い水のヴェールの向こう側。闇の奥底に潜む無数の気配を。

周囲に味方はいない。いつの間にかはぐれてしまっていた。

───あの数に、襲いかかられでもしたら……

彼の内を満たすのは、恐怖。

そこへ、一斉に敵勢が襲い掛かった。

ここが水中でなければ、絶叫が響いていたことだろう。

代わりに、赤が海水を染め上げた。


  ◇


陽光が、闇を切り裂いた。

それは、夜の海を照らし出した。懸命に戦う人間たちの船から、闇を払いのけたのだ。

それだけではない。

強壮なる聖威は、船に群がる亡者どもをも焼いたのである。

戦棍より放たれたそれは加護。眠りに就いている太陽神の霊力の欠片を呼び出す、神聖なる霊威であった。

聖威の顕現は一瞬で終わり、再び闇が、攻め寄せてくる。

陽光の召喚を成した神官は、疲労が濃い。すでに幾度もの加護を請願しているためだった。

「後何回使える!?」

船上で言葉が投げかけられる。船長である戦士の問いに返ってきた答えは、悲観的なもの。

「───もう打ち止めだ!」

加護は強力だが消耗が激しい。闇の魔法に対して絶対的とも言える威力を持った陽光の召喚は、特に負担が大きかった。力の源である太陽神が眠りに就いているからである。より深く神と接触しなければ、力を引き出せぬ。

───夜こそ、陽光の力が最も必要な時はないというのに。

船長は苦笑。とはいえ休息している太陽神を責める訳にもいかぬ。一日の半分の間、神は我らを見守ってくださっているのだから。

「分かった。休んでいろ!」

船長は槍を手に取った。次なる敵。こちらへと迫ってくる、背鰭だけが水面から覗いている怪物は生き物に見えた。すなわち加護や魔法に頼らず倒せるはずである。

「総員。構え。

───放て!」

船の側面から一斉に投じられたのは、銛や投槍ジャベリン。男たちが手にしたそれを、力一杯に放ったのだ。

攻撃が突き立つ。

その瞬間、船長は己が誤っていたことを悟った。

攻撃がする。すなわちそれは、敵が死者であることの証だった。

水中から飛び出してきた怪物は、半ば腐った巨大な鮫。

───しくじった!

不浄の怪物と化したそいつは、船に乗り上げた。


  ◇


───まずいな。一度仕切り直さねば。

太守は、押されていることに気がついていた。それも、女占い師より正確に状況を把握できている。魔法によって戦域全体を俯瞰していたからだった。

一度体勢を立て直したいところだ。されど、その隙を敵は与えてはくれまい。

それに、さし当たって彼には対処せねばならぬ大問題があった。

敵船から投げかけられた多数の縄。鉤のついたそれが、彼の指揮する旗艦をからめ取っていたからである。数が多く、切るのが追いつかぬ。一本切断する間に、二本飛んでくるのだ。

さらには、斜め前方より迫る敵船。衝角による体当たり攻撃を敢行するつもりであろう。回避は不可能。このまま手をこまねいていては、沈没は免れない。いかな魔法の船といえども物理的破壊には屈するのだ。

太守が覚悟を決めたとき。


───閃光が、迸った。


水面を叩いた一撃は、とてつもない爆発を生起。闇の種族の軍船に真横から襲いかかり、そしてさせるに至った。

吐きかけられたがその熱量で莫大な水を蒸発させ、水蒸気爆発を引き起こしたのである。

信じがたい威力だった。

一撃と同時に飛び去っていく黒い影。

「───竜」

太守は、送り出した使者が役目を果たしたことを知った。


  ◇


戦場にいたすべての者は、高らかに響き渡る音色を耳にした。空から吹き鳴らされている、勇壮な角笛の音を。

天を見上げた彼らの視線の先。

そこを飛翔するのは、人が跨った強大なる魔獣。

全身が細長く、鱗に覆われ、皮膜を備えた翼を持ち、頭部からは角が生え、鋭い牙が生えそろい、四肢には鋭い爪が伸び、長い尻尾を備えた、強力無比な怪物である。

―――竜。

竜騎士ドラゴンライダーが、人の軍勢へと助勢に駆け付けたのだ。


  ◇


軍船より闇の軍勢を指揮する闇妖精ダークエルフの首長。彼は、怨敵が現れたのを知った。

幾つもの船を挟んだ向こう側。そこへを加え、上空へと上昇していった巨大な怪物。そして、そいつを操る騎士の存在を。

「おお。神よ。我らが偉大なる暗黒神よ」

首長は、祈った。過酷な試練。神に課された使を果たす時が来たのだ。

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