というわけで初代と三代目が出てきたわけですが(過去主人公に今の主人公が喰われる問題)

月光に照らし出された、雲一つない夜空。

そこは冷気が支配する世界である。高空を流れる大気は驚くほど冷たく、身を切るように流れていく。

この高みに到達できる者はいない。いたとすればそれは、神霊の領域に至った者だけであろう。

だから、今。夜空を飛翔している者たちが人の域を踏み越えていたのは確実であった。

それは、夜空よりもなお昏い、濡れた女の髪のような黒。

その色に染まった巨大ないきものである。

全長は100メートルを下るまい。鱗に覆われた全身。すらりとした長い胴体。強靭な四肢。鋭い翼。凶悪な牙。それらを兼ね備えた黒き、竜。齢数百年を経た老竜エルダードラゴン。いや、古竜エンシェントドラゴンの体躯を備えた雌の竜だった。

怪物の凶悪さと女の艶めかしさを兼ね備えた彼女は、まだ40年といない若造である。にもかかわらず、驚くべき巨体だった。

成長が信じられないほどに早い。のみならず、その知性も群を抜いているという。

その背に跨っているのは、一人の男。

鱗状鎧スケイル・アーマーで身を守り、腰には大剣。純白のマントを羽織り、竜槍ドラゴンランスを竜に固定し、そして弓を背負った彼こそが黒竜騎士。も含めた数々の偉業を成し遂げた竜騎士ドラゴンライダーだった。

本来、竜騎士ドラゴンライダーはこの高空を飛べぬ。騎士が耐えられぬからである。しかし彼は違った。とあるの血を余すところなく浴び、臓腑にまでしみこませた黒竜騎士は不死身なのだ。

彼らが目指しているのは、戦場。

黒き竜はさらに速度を上げ、音すらも置き去りにしていった。


  ◇


三段櫂船を指揮する船長は、敵船が迫ってきていることを認めた。左舷よりこちらとすれ違う構えである。細長い船体は十五メートル余りだろうか。帆の張られていない帆柱。それと直行する帆桁のこちらよりに、首のない女が跪いているのも見える。彼我の舷側の高さは違いすぎた。三段櫂船の方がはるかに高いのである。それ故にあそこから飛び移るつもりなのだろう。

そうはさせぬ。

船長は、進路の変更を命じた。右へと舵を切ったのだ。

回避に成功したことに安堵する船長。死にぞこないアンデッドに切り込まれれば厄介である。奴らを殺すには強力な魔法に頼るしかないのだから。

だから、敵船がこちら側へと時には彼は目を丸くした。最接近時には、帆桁がこちらと擦れ合いかねないほど近くなる。

見れば、敵船の乗員。ローブの女と、そして骸骨どもが左舷へと寄ってきている。それだけではない。下から何かの巨体が、船を押し上げているではないか!

もはや回避することはかなわぬ。

不死の怪物。完全武装した首のない女が、宙を舞った。


  ◇


敵船の甲板へと飛び込んだ女海賊は、すらりと抜刀。襲い掛かってくる大小鬼ホブゴブリンを切り捨てる。変身巨人トロゥルを海へと投げ込む。前進しながら小鬼ゴブリンどもを叩き切り、そして視界が開けた先。

呪句を唱え、何枚もの呪符を取り出した闇妖精ダークエルフの姿を認めた女海賊は、咄嗟に背を向けた。背負っている魔法の盾を、敵へと向けたのである。

刹那。

術が完成する。

敵の手から放たれた、純粋な魔力の塊。十数ものそれが、女海賊の背を打ち据えた。


  ◇


―――やったか!

闇妖精ダークエルフは勝利を確信した。彼が放ったのは魔力の矢マジック・ミサイルと呼ばれる魔法。それも1発や2発ではない。呪符に封じ込めたそれをまとめて放ったのである。

いかな首なし騎士デュラハンと言えども死するはずだった。

そのはずなのに。

放たれた魔法は、空中で減衰していく。敵を打ち据える頃には、ほとんど力を失っていた。何故?いや、あれは!!

闇妖精ダークエルフは、敵がこちらへと向けた巨大な円盤。いや、盾に描かれている目玉模様の意味を知っていた。邪視イヴィル・アイ。強力な魔除けの魔法である。

―――なんということだ。奴に魔法は効かぬ!

剣に魔力を付与しようとする彼だったが、もう遅い。

攻撃を凌ぎ切った首なし騎士デュラハンが振り返り、こちらを見た。


  ◇


戦場、別の場所。

その船は、既に多数の死傷者が出ていた。

射かけられる無数の矢弾。船縁に設置した縦で敵の攻撃を凌いでいる乗員たちだったが、その隙間から抜けてくる矢が不運なものを襲う。

左右を敵船に挟まれ、手数で圧倒されていたのである。

さらには、船縁へと手をかけてくる者の姿。

「―――死にぞこないアンデッドだ!」

上がってきたのは不浄の怪物。

その頭へと、聖別された札が張りつけられた。船員が、事前に与えられていた魔除けの札を用いたのだ。

急激に動きを鈍らせ、沈んでいく不死の怪物。

されど、敵は一体ではない。何体もの水死者が、乗員たちを道連れにしようと船へ上がってくるではないか!

このような地獄絵図が、各所で繰り広げられた。

局所的に見れば善戦しているようにも見える、人の類の軍勢。

されどその実、彼らは追い詰められつつあった。


  ◇


―――あまり、戦況はよくない。

周囲を見回した女占い師は、状況をそう分析していた。

個々の場面では奮闘してはいた。

しかし。ただでさえ夜戦である。人間は夜目が利かぬ。敵は闇の魔法や不浄の生命を投入することもできた。更に魔法戦力の差がここにきて如実に表れている。船の戦いでは互角に持ちこめたとしても、水中での戦い。魔獣らの数で押されていたのである。

今はまだ、地の利を生かせているとはいえ。

この海域は狭い。島と半島の先端部とに挟まれているからである。故に潮流も複雑なものがあった。おかげで、地の利があるこちらは敵より自在に機動を行える。

人の類が持ちこたえられているのも、そのおかげだった。

とはいえいつまでも耐えきれるものではない。このままでは日の出を見る前に、押し切られる可能性が高かった。

助けが必要だった。

―――けれど、そんなもの。

どこからくるというのか?現有の戦力でなんとかするしかない。

その時だった。

月光が、陰ったのは。

大気を切り裂いて飛ぶ、闇のごとき漆黒。

見覚えのある姿だった。遠い昔。女占い師が、今の姿となった前後に一度だけ見た、姿。

女占い師は、助けが来たことを悟った。

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