Q.これって竜扱いなん?(A.レベルが足りてれば竜語魔法で変身可能です)

多頭蛇ヒュドラ

多数の蛇頭を持つこの巨大な魔獣は不死である。強烈な再生の魔法は、断たれた頭部すらも復元するのだ。

そして、毒。

多頭蛇の牙から滴る毒液は強烈な神経毒だった。奴に噛みつかれれば。いや、滴る毒液に触れただけでも肌は焼けただれ、腐り落ちるであろう。たちまちのうちに死に至るはずである。

この怪物を退けぬ限り、退路はなかった。


  ◇


「敵を防いで」

「…ぁ……」

ローブの半妖精ハーフエルフに抱えられた女海賊は、すぐさま首から下を動かした。

多数の頭部を備える敵へと踏み込んだのである。

迫る蛇頭は、まるで崩落する岩石だった。

激突する剣と蛇頭。

その勝負は、剣の勝利に終わった。女海賊は、剣の腹で攻撃を受け止めたのである。 剛剣の魔力が最大限に発揮された結果だった。

真上へと跳ね上げられた頭部。

───いけるか。

今の攻防で、多頭蛇ヒュドラの注意は完全に女海賊へと向けられていた。頭が九つもあるというのによくぞまあ、一つの物事に邁進できるものだ。女海賊は感心する。

それが、いけなかった。

魔獣は、全身の質量を集中。一挙に女海賊へと迫り、体全体でぶつかっていった。

この質量には抗しきれなかった。

巨体と壁に挟まれる肉体。

女海賊の全身がきしんだ。


  ◇


女占い師は、抱えた仲間。すなわち女海賊へと命じると同時に前進した。遮蔽を捨て、倉庫の合間から躍り出た彼女が近付いたのは女怪スキュラ

倒れ伏した彼女のは恐ろしく悪い。全身を痙攣させ、口から泡を吹いている。

毒の威力であった。

だから、この美貌の魔法使いは。自らの魂に築いた祭壇。それを通じて、慈悲を願ったのである。

氷神は、それに応えた。

女占い師の肉体を通じ、女怪スキュラへと流れ込んだ霊力は、毒を消し去る浄化という形で顕現した。

解毒キュア・ポイズンの加護。

その霊威はたちどころに、怪物の姿をした少女を立ち直らせる。

されど。

加護を与えるほんのわずかの合間に、戦いの趨勢は傾きつつあった。

激突する多頭蛇と倉庫。

その間に挟まれる女海賊の姿を、二人の女は確かにみた。


  ◇


───しぶとい。

女海賊を追いつめる多頭蛇。彼は動物並の知能しか持たぬがしかし、低いなりの思考で敵と渡り合っていた。

相手は壁にめり込んだ。どころか壁を突き崩し、倉庫の中へと押し込まれたではないか。

とどめを刺すべく、首の一本をに差し向ける多頭蛇。

そこで、引きずり込まれた。

差し込んだ頭を凄まじい剛力が引き寄せるのである。

これが敵の策だったと気付いたときにはもう遅い。

それでも残った首を、まだ外に残る敵へと向ける。

そこへ、強烈な立て続けの攻撃が、加えられた。

幾つもの蛇頭が宙を舞った。


  ◇


女怪スキュラの牙によって食いちぎられていく多頭蛇ヒュドラの首。それも凄まじい勢いで再生していく。

魔法を封じる必要があった。だから、女占い師は別の用途で用意していた魔法を発動させた。手にしてる魔法の松明。それに点火を命じ、目当ての霊を呼び出す一助としたのである。

口訣が切られるのと同時。

火の中より現れれたのは、幾つもの炎。人の形をした彼らは、ほんの数日前、この都市が陥落した際に焼き殺された人々の霊魂だった。

彼らは、与えられた標的へと殺到した。自らを殺した闇の軍勢の魔獣めがけ、襲いかかったのだ。

肉が、爆ぜた。

焼けていく。多頭蛇ヒュドラの、破壊された頭部。その断面が焼かれ、炭化していった。癒しの魔力ごと。

再生の魔法は万能ではなかった。焼かれれば回復は限りなく難しい。

たちまちのうち、九つの頭部のうちの八つが破壊され、焼き尽くされた。


  ◇


多頭蛇ヒュドラの備える最後の首。そいつと格闘を繰り広げていた首のない女は、敵の力が急速になえていくことに気が付いた。外で他の首が破壊されているのだ。

それを生首の視点経由で知った彼女は苦笑。目が二組あるのは便利ではあるが、この体に慣れるのもどうかと思う。

とはいえ、今は急がねばならない。だから、女海賊は、残った首を締めあげた。

手にしたままの魔剣の力と相まって、敵のが締め付けられ、血流が停止。呼吸も阻害される。

永遠にも思える力比べは、実際の所ごく短時間で終わった。

多頭蛇ヒュドラに残った最後の首は、落ちた。脳に酸素が回らなくなり、気絶したのだった。

敵を倒した女海賊は、仲間たちと合流すべく外へ出た。


  ◇


港湾に押し寄せてきた闇の軍勢。彼らが目にしたのは、燃え上がる何隻もの船と、復讐を果たししていく焼死者たちの霊。

そして、水中を高速で泳ぎ去っていく、蛇身とも尾鰭ともつかない巨大な影だった。

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