傘がへし折れました(私事です)

嵐だった。

昏い空。広がる雲。降り注ぐ雨。十メートルもの高さにまで及ぶ巨大な波。

今、海原を進軍する船団に襲い掛かっているのは自然の猛威そのものである。

木の葉のように翻弄されている多数の軍船は、闇の種族の軍船であった。その数は何百という規模の大軍勢。1隻1隻が、30人からの戦闘員と150人の漕ぎ手を満載した、強力な三段櫂船なのだ。

しかし、その船体は安定性を欠いた。戦闘のために軽量化された船は復元性能が極端に劣る。どころか、乗員が乗り込むことでようやくバランスが取れるほどに不安定な有様だった。漕ぎ手が片側によるだけで転覆しかねない代物なのだ。

だから、船団は嵐に打ち勝てない。闇の種族は好天を嫌うが、時と場合というものがある。この時ばかりは、陽光の差し込む空を船団の皆が願っていたに違いない。

だから、船団の首脳部。闇の魔法使いたちは、行動に移ろうとしていた。


  ◇


―――やだ。死にたくない!!

嵐に翻弄される軍船の一隻。甲板上に引きずり出された娘は、己の運命を呪った。

うら若き乙女である。彼女をここまで引っ張って来たのは、闇妖精ダークエルフの男。

彼だけではない。他にも十数人という闇妖精ダークエルフが、甲板に佇んでいた。揺れる船上だというのに、翻弄される様子はない。驚くべきバランス感覚だった。

「―――儀式を執り行う!」

長であろうローブの男が声を張り上げた。嵐に負けぬ怒声である。

彼らは魔法を執り行おうとしていたのだった。嵐を。海の怒りを鎮めるために、生贄の乙女を捧げるのである。

犠牲となるのは捕虜の娘。褐色の肌を持つ彼女は、南岸の都市の住人であった。航海に連れてこられたのは恐らく、このような事態となった際に用いるためであろう。彼女の取り扱いは、他の娘に対するものと比べれば大変にだった。では生贄としての価値は低い。

とはいえ、これより水底へと沈められるとなれば紳士的であろうがなかろうがもはや関係ない。死ぬのは一緒なのだから。

手足を縛られた娘を、何人もの闇妖精ダークエルフたちが担ぎ上げた。

朗々たる詠唱が、嵐の中にも関わらず響き渡る。いや。打ち勝とうという強烈な意志が、嵐へと叩きつけられるかのようだった。

―――あの詠唱が最高潮に達した時、己は死ぬのだ。

そう悟った娘は、海の彼方へと目をやった。船の甲板よりも尚高い、まるで山脈のような巨大な波を見たのである。

救いの手は、の向こうからやってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る