戦争とは準備段階で9割がた決まってしまうもの(準備大事)

海軍の意義とは、究極的には海上を軍事的・経済的に支配することである。

古来より海は通行路として非常に重要な役割を保ってきた。すなわち、海洋は安全保障と貿易の双方の点で国家に便益をもたらすのである。

海戦は、海洋の支配権を得るために行われる。海洋を制するものは自在に兵力や物資を移動させることができるのだ。それは陸とは次元の異なる機動力を発揮することになろう。

それらの事実を理論として理解している者はいない。ただ、経験則として知られているのみだった。


  ◇


商業都市の中心に、その建物はあった。

全体としては長方形。周囲を柱が取りまいている、大理石の構造物である。

街の議場であった。重要な案件は、町の有力者たちが集まりここで決めるのである。

今。

夜間であるというのに、続々と人々が集まり始めていた。


  ◇


―――予想どうり、紛糾しておるな。

太守の内心であった。

会議の席。

天井が大変に高い構造の議場には窓がない。代わりに、南方側は壁も存在せず、柱があるだけだった。すなわち太陽が昇れば日が差し込むのである。最も、今は夜。そのため明々と篝火が焚かれていたが。

そして、議場を中を流れる人工的な小川。地下水脈が湧き出てきたものだった。それを挟んで左右の階段状になった議席に、会議の参加者は座るのだ。

そして、議場の一番奥。議長のための席に、太守は腰かけている。傍らには、骨の鎧を身に着けた女がいる。

両者は視線を合わせると、苦笑。

議題は、侵攻の準備を着々と進めつつある闇の軍勢をどう退けるか、という事。

現在得られている情報では、敵が近日中にこの都市。そして周辺の都市国家へと攻め込む可能性は非常に濃厚である。

ひとつだけ確かなのは、降伏の二文字はないということ。闇の種族に慈悲など存在しない。降伏が許されるのは人の類相手の時のみである。だからその一点については皆が意志の統一をできていた。

だから、現在の議論は、敵をいかにして迎え撃つかという事。

周辺諸国に対して協力を呼びかけることについては先ほど全会一致で可決した。事前に準備されていた使者たちは既に出発している。

「厄介だな」

太守はつぶやく。

敵軍は恐らく死にぞこないアンデッドを組織的に用いてくるはずである。魔法戦力もこちらより多い。商業都市は例外的に魔法使いの数が多いが、ほとんどの都市国家ではさほど魔法使いはおらぬのである。必要に応じて在野の魔法使いを雇用する場合がほとんどだった。神官たちは強力な戦力ではあったが、魔法使いと彼らの役目はまた異なる。

敵軍は数百隻の大群。対する人の類側も、周辺諸国の総力をかき集めれば数では対抗できようが。

これが陸戦であればやりようは幾らでもある。太陽という強力な味方は、闇の魔法によって生み出された不浄の怪物を焼き払う。だが、得られた情報では、敵軍は船をするための工事中であるという。すなわち陽光を防ぐ遮蔽ごと、敵は移動できるのだ。

これが、会議の紛糾する理由だった。海戦はあまりにも不利である。敵軍は、漕ぎ手の疲労や補給なしに動き続けることができるのだから。

だが陸戦に持ち込むのも無理があった。敵は自在に海上を移動できる。すなわち好きな地点での戦闘を選択できるのだ。

悩ましい。

その時である。

傍らの女。骨の鎧を身にまとった魔法使いが口を開いた。

「……ふむ。確かにやる価値はある」

太守はその意見に同意すると、発言すべく手を挙げる。

皆の視線が、太守へと集まった。

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