侵略者を焼き払ってくれる救世主はいない(いないのだ)

巨大な港湾だった。

月光に照らされるそこは内海の南岸にある都市である。雨の少ないこの地方では日干し煉瓦の建造物が主流で、壁は分厚く出入り口は小さい。日干し煉瓦は昼の暑さを防ぎ、夜には蓄えた熱を放射して中が暖かい。必要な工夫である。海が近いこの地域ではまだ、寒暖の差は小さいが、内陸部に行けばそこは砂漠地帯だった。

人の類によって作られた街。

しかしその主人は、違う。

そこは地獄であった。そこかしこに吊されているのはかつての住人たち。縛られ、連行されていく女子供は奴隷とされるのであろう。記念碑や彫刻の類は引き倒され、家々から持ち出された略奪品は積み上げられていた。

陥落したばかりなのだ。この都市は。

下手人どもは、闇の軍勢である。

奴隷たちに鞭打っているのは小鬼ゴブリンどもだし、巨鬼オーガァたちは処刑された死体をむさぼり食っている。かと思えば、闇妖精ダークエルフが闇の魔法で死体を生き返らせもしていた。

ここだけではない。突然の襲撃に、幾つもの港湾都市が壊滅の憂き目にあっていた。

ここは手始めだった。これより内海全域が戦火に見舞われるであろう。

そう思える光景である。

港湾では、そのための準備が進んでいた。奪われた軍船数十隻に突貫作業でが施されているのだ。

大陸では甲板構造は希である。三段櫂船などのガレーも両舷に漕ぎ手が乗る台を設置している。だが、闇の者たちが取り組んでいるのは甲板の設置。

粗末なものである。だがそれでいいのだ。漕ぎ手となる不浄の怪物どもを陽光から保護できればいいのだから。

死に損ないアンデッドは疲れを知らぬ。すなわち陽光という制限が取り払われたこれらガレーは無限の航続力を得たのだ。

彼らはどこへでも行ける。すなわちいつ、どこへ災厄が訪れるかは彼らの気分次第、と言うことでもあった。


  ◇


交易商人は緊張を強いられていた。

彼が訪れているのは太守の館である。その奥まったところにある執務室に呼び出される可能性そのものは彼も想定していた。なにしろ闇の種族の軍船と一戦交えたのだから。しかし、まさかまだ夜も遅い時間帯にこうして対面することになるとは。

明らかに尋常ではなかった。

「このような時間に呼び出してすまぬな」

「いえ。それで、どのようなご用件でしょうか?」

「うむ。昼の件だが。問題の船を捕獲した魔法使いとの間に入ってほしい」

「は……それは構いませんが。

差し支えなくば、理由をお聞かせ願えますか」

「貴君もこの件については当事者だ。よかろう。ただし秘密は守ってもらう」

「もちろんですとも」

太守が、その事実を告げるまで、一拍の間があった。

「南岸の都市。七つが陥落した」

「───馬鹿な」

交易商人が、その話を咄嗟に受け入れられなかったのも無理はない。南岸の都市はいずれもかなりの国力を誇る都市国家である。交易商人が内海を離れていた三ヶ月あまりでそれらが陥落するとは。

「それもの出来事らしい」

今度こそ、交易商人は絶句した。語るべき二の句を持たなかったからである。

太守は、続けた。

「例の船長を尋問したところ、闇の種族の侵攻計画が明らかになった。

やつらはこの北岸に侵攻する気だ。何百という大艦隊を率いてな。

迎え撃つには周辺諸国で連携をとる必要がある。優れた魔法使いは一人でもほしいのだ。百五十人の漕ぎ手と三十からの戦闘員を満載したガレーを制圧できるような、力ある魔法使いであるならば、なおさら」

「───承知いたしました」

交易商人は承諾すると、その場を辞した。

太守はその背をしばし見送ると、次の仕事に取り掛かった。戦いのための準備を。

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