化け物な女の子はかわいいです(すごく)

月神とは、狂気を司る神性である。

それは一面では正しい。だが、神のありようとは一言で言い表せるようなものではない。それは人の類の理解を越えた巨大な存在であったから。

星神が星だけではなく知識や数を司る。あるいは太陽神が昼の世界や秩序、光そのもの、灼熱など様々な事象を司るように、月神にも幾つもの側面があった。

その一つが、変身者たちの守護神。

本来在り得ない経過を経て姿を変えた者たちにも、彼女の寵愛は与えられた。望まぬ変身とはしばしば狂気を伴うものだから、外面だけでは変身故に加護を得たのか、それとも狂気が加護を引き出したのかの区別は付けられぬであろうが。

今。

瘴気によって異形へと変じた女怪スキュラ。彼女に与えられた月神の加護は、一体どちらを呼び水としたものか。それは分からない。ほかならぬ月神以外に知る術はなかろう。

分かっていることはただ一つ。その力が恐るべき脅威である、という事だけだった。


  ◇


女海賊は、少女を見上げた。二階建ての家々よりもなお高所に位置する、異形の女怪スキュラの上半身を。

女怪スキュラが全身に帯びている月光がごとき輝きは神聖なる武具セイクリッド・ウェポン。月神によって与えられし、少女の身を守る加護だった。

それに加えてあの運動能力。剛力もそうだが、それ以上に脅威なのはあの俊敏さだった。少女は異形に変じた自らの肉体を使いこなしている。

女海賊も、女占い師の話を聞いていた。だから推測はできる。この女怪スキュラは、おそらく村人のなれの果てなのだということが。

望まず化け物とされてしまった少女。自分と同じ。

手にした剣に要求する。倍力の魔力を。防護の呪力を。

少女を救うための魔法を。

剛剣は、それに応えた。

横薙ぎに振り回された女怪スキュラの尾。それを、剣の腹で受け止めることに女海賊は成功した。それだけでは終わらせない。踏み込む。跳躍する。建物の屋根へと飛び乗る。そこからもう一度、跳躍。

空中を、女海賊が舞った。

そこへ襲い掛かったのは、女怪スキュラの手から放たれた衝撃波フォースの加護。

強烈なエネルギーは、剛剣が備えた防護の魔力による抵抗レジストによって霧散する。

加護を引き出し、無防備となった女怪スキュラの上半身へ、刃が振るわれた。

刃を寝かせた一撃は少女の側頭部を打ち据え、その脳を揺らす。

変容した少女の肉体。されど、脳は変わらず脳だった。急所足り得たのである。

だから、女怪スキュラは倒れた。を起こし、気絶した彼女はゆっくり、腰から生えた猛犬どもをクッションとして、倒れ込んでいったのだった。

女海賊は、女怪スキュラを殺すことなく倒したのだ。


  ◇


女怪スキュラが目を覚ました時、その心は驚くほど穏やかだった。まるでさざ波ひとつ立っていない水面のように。

己を見下ろしているのは、びっくりするくらいに美しい女性の生首。首のない女性が抱えているそれは、彼女自身のものに違いない。

彼女は、心配そうな表情で口を開いた。

「……ぁ……」

声はない。それに、こうして冷静になって相手を見てみると、凄まじい化け物ではないか。だが、邪悪な人物ではないことが、女怪スキュラには理解できた。

そしてもう一人、己を見下ろしている人物。ローブにフードで顔を隠した女性は、紅の瞳をしていた。

「大丈夫、ですか?自分がどうなっているか、わかりますか?」

聞かれて、女怪スキュラは思い出す。己が瘴気にやられ、異形に変容してしまったのだということを。

涙が、出てきた。

「……わたし、化け物になっちゃった……」

腰から伸びている猛犬ども。尾鰭のついた蛇身と化した下半身。水かきのついた手。脇腹の鰓。

そんな女怪スキュラに対し、ローブの女性は、ゆっくりとしゃべった。

「何が起きているのか。知っていることを、話してくれますか?」

女怪スキュラは頷くと、全てを話し始めた。

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