神様は大抵のことは何とかしてくれます(神様やからな)

女怪スキュラを聖堂に入れる際にひと悶着あった。

正気を取り戻した彼女はやはり人間であったが、その肉体は異形に過ぎる。それだけではなく、恐ろしいほどの巨体だった。それでも蛇身はとぐろを巻けばまだ聖堂内に収まったであろうが、彼女の腰から生えた猛犬どもが邪魔をする。されど、外に彼女を放置するのも論外だった。まもなく日が暮れる。

一行が途方に暮れた時。

女怪スキュラは、。自らの魂に築いた狂気という祭壇を通じ、月神の加護を願ったのである。

神はそれに応えた。

加護は、少女の肉体を変容させる、という形で顕現した。女怪スキュラの肉体はたちまちのうちに縮み、中型犬の姿へと変じたのである。

月神は、動物たちの女主人でもあるのだ。

化け物なくなった女怪スキュラは、泣いた。泣きながらも、皆と共に聖堂へ入った。

聖堂の扉は固く閉ざされ、そして夜が来た。


  ◇


女怪スキュラが語ったことはさほど多くはない。

彼女は、この漁村に住んでいた村娘だった。それがなぜあのような姿になり果てていたのかといえば、それはやはり瘴気が原因だった。

昨夜、村を襲った怪物たち。瘴気によって肉体の歪んだ魔界獣アザービーストどもに追われた彼女は、入り江へと入った。その途端、彼女の肉体は変容し始めたのである。瘴気によって水が汚染されていたからであろう。肉体が歪んだのである。変容しきった彼女だったが、そのおかげで逃げれたとも言えた。水中でも彼女の体は段違いの運動能力を発揮するのだ。そして心。精神がまだ会話できる程度には正常だったのも、皮肉なことだが蛇身と化したおかげだった。上半身を水へ漬けずに済んだことで、脳までは深刻に侵されることがなかったからである。それでも多少の影響は受けていようが。

翌朝、陽光によって水が浄化されたことに気付いた彼女は水中に隠れた。昨夜の怪物どもは陸棲のものばかりだったし、変容した肉体は水中の方が動きやすかったのである。呼吸もできた。

村へと戻った彼女は途方に暮れていた。村人たちの事は心配だったが姿が見えない。生き残りが誰もいなかった。どころか遺体も見つからなかったのである。

そんな時、交易商人率いる一行が村を訪れたのだった。


  ◇


「どう思われますかな?」

固く閉ざされ、窓も塞がれた聖堂内で、交易商人は問いを発した。

周囲には船から降ろしたすべての荷物も積み上げられている。万が一船が破壊されてもこれならば財産は無事というわけだ。まあ村の漁船の様子を見る限り、怪物どもは無人の船には興味がないようだが。

一同は車座に座っていた。幼子は茶妖精ブラウニーが面倒を見ており、負傷した女海賊の胴体はの中。犬の姿となった女怪スキュラは、泣き疲れたか。今は棺桶のそばで眠っている。

犬の姿の女怪スキュラを含む全員が、狂戦士と女占い師の護符を身に着けた。女海賊は不要なのでつけていなかったが。

会議中であった。

船員が手を上げ、日の出とともに船で脱出することを提案した。だが、魔法使い2名は難しい顔である。

「水源を汚しているであろう瘴気を止めないとえらいことになるぞ。このまま魔界獣アザービーストどもが海と陸に増えてみろ。止める手段がなくなる」

狂戦士の意見。それに、女占い師も同意した。

「陸棲の生物がまず魔界獣アザービーストに変じていた以上、おそらく上流の水源。そのどこかから毒が流れ込んだのでしょう。意図的なものかどうかは謎としても。村を壊滅させるのが目的の何者かによる犯行ならばこれで終わるかもしれないにしても、その確証はありません」

それらの意見に、交易商人も頷いた。ここは彼の地元にも近い。交易で生計を立てている彼にとって、海路の遮断は死活問題であった。

「となれば、朝になれば元を断ちに行く方向で考えるべきですな」

「…ぅ……」

女海賊の生首も同意する。彼女の視線は、眠っている女怪スキュラの方へと向いていた。彼女はもう人間には戻れないとのことで、魔法使いたちの見解は一致した。一生あの化け物の姿のままなのだ。人里で暮らしたければ、獣として生き続けるしかない。月神の加護は獣の姿しか与えてくれないからだった。彼女のような悲劇を無くさねばならぬ。

「それにしても。村人たちはどこへ行ったと思われますかな」

「……おそらく、亡くなった後、自分たちの足で出て行ったのでしょう。陽光の届かぬ場所へと。大気に溶けた瘴気はごく微量であっても、死者には多大な影響を及ぼします」

「……痛ましいですな」

場の雰囲気が、沈んだ。


  ◇


この夜、村人たちは還ってきた。そこかしこを食いちぎられた無残な死体として。歩く死者リビングデッドと呼ばれる不死の怪物どもであった。

犬の姿と化した女怪スキュラは、一晩中震えていた。そんな彼女を、女海賊は優しく撫で、慰めた。血の通わぬ冷たい手で。

他にも、不気味な化け物どもの気配や吠え声がするが、頑丈な聖堂へは入ってこられないようだった。一同は交代で見張り、休息を取った。

やがて、朝が来た。怪物どもは森へと去り、そして人間たちの時間が訪れたのだ。


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