基本脳筋です(脳筋でないデュラハンいたっけ?)

霧に包まれた夜半。

このような日は、どこの家も固く扉を閉ざし、息をひそめて過ごす。視界を覆い隠す白いヴェールは人々の不安をかき立てた。

それでも村がどこかざわついていたのは、子供の一人が姿を消していたからである。

まさか客人の船を見に行ったのではないだろうな。困った子だ。と判断した数名の男たちが松明片手に海浜へと向かったのも当然の判断であろう。

だが、彼らを襲った不幸は、困った、で済ませられる範疇を越えていた。

「それにしても見えないな」

男たちの一人。松明を手にした漁師がつぶやく。凄まじい濃霧であった。つい先ほどまでは晴れ渡っていたというのに。

彼は、後ろに続いている仲間を振り返った。

―――いない。

「うん?」

霧で見失ったのだろうか?

周囲を見回すが、見当たらぬ。どころか、前を歩いていた仲間も見当たらなかった。どこへ行ったのか。

仕方なしに前へ進もうとした漁師は、何かを踏み付けた。

やわらかい。革と布で身を包んだ男の亡骸を。

「……へ?」

ぽかん、とする漁師。つい今しがたまで前を歩いていた仲間ではないか。どうなっている!?

首筋に突き立っているのは、矢。

真横から―――海側から、首を射抜いているのが見て取れた。

海を向いた彼は、村の一員としての役目を果たした。叫んだのである。

「敵だ!!」

彼の仕事ぶりに対して褒美が与えられた。額へと飛んだ矢という褒美が。

射貫かれた漁師は、そのまま後ろへ倒れ込む。

彼の視線が向いていた先。濃霧に包まれた海の中から、オールを漕ぐ音が響く。波を切る音も。

やがて、姿を現したのは船だった。木造の快速船。30メートルを超え、マストを備え、兵員を満載した軍船である。それもただの軍船ではない。

ボロボロで、船体には幾つも穴が開いている。深水による沈没が起きてもおかしくない大きさ。異様な姿であった。

そして、兵員。

生命ある者は一人たりとも乗り込んではいない。いずれも腐敗が進み、あるいは腐り切って骨だけになった死者。円盾と鎖帷子、兜で身を守り、戦斧や剣で重武装した北の民ヴィーキングの戦死者たち。

幽霊船ゴーストシップ。乗員までもを含めた船自体が黄泉還った不死の怪物である。

その船体から、見えざる手が伸びた。たった今矢を受け絶命した3人の男たちに対して。生命を奪うという行為を介して結ばれた縁はそのまま呪術的経路となり、幽霊船ゴーストシップを突き動かす不死の呪いを伝搬させる。

びくりと、死体が震えた。

かと思えば、彼らは再び立ち上がったのである。矢傷はそのままで、瞳はうつろだったが。

ふらつきながらも彼らは、今来た道を戻り始めた。村へ帰り、そして幽霊船の戦死者たちを案内するために。

村人を、幽霊船に捧げるために。


  ◇


―――遅かったか!!

海浜へと舞い戻った女海賊。彼女のに聞こえてきたのは、敵襲を知らせる男の叫び声だった。

だから彼女は、上陸してきた敵勢の前へ躍り出た。手には剣。生首は少年に預けてきた。今頃彼は村へ知らせに行く最中のはずである。

戦死者たちの軍勢。その案内人となっているのは3名の村人たちだったが、女海賊は容赦なく切っ先を向ける。彼女の霊的な視覚には、敵が死者であることが明白だったから。

―――こんなところは今も昔も変わらんな。

女海賊は内心で苦笑。不死の怪物や魔物、闇の種族に人の類の集落が襲撃されるのはそれこそ1200年間変わらぬ世界の営みだと知って、どこか安心したのである。安心できるような状況ではなかったが。

彼女はを開いた。敵勢へ、退去を命じたのだ。女占い師や闇妖精ダークエルフの司祭と言葉が通じた以上、死者にも通じるかもしれないと思ったからだった。

果たして、敵勢は返答した。武装を構え、女海賊を敵として認めたのである。

分かりやすくてよい。皮肉でもなんでもなく、女海賊はそう思う。

戦いの火ぶたは斬って落とされた。

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