日常です(ダークファンタジー世界やから……)

交易商人一行が停泊した小島は東側に大きな海浜があり、そこは集落の船着き場となっていた。砂浜に船を乗り上げさせるのである。主な産業は漁業だった。

島全体の地形は切り立った場所が多い。東側以外から船で侵入するのは困難な地形である。水害を恐れてか、建物の多くは海浜からやや離れた高所にあった。

北方は全体的に寒冷であり、木材が貴重である。だから、場所によってさまざまな方法の違いこそあるものの、なるべく木材を節約しつつ暖かい構造の家屋を作ることは共通していた。

小島の集落もそのような家屋が主流である。石材と土で基礎や壁を作り、屋根のみ木材。細長い構造が内部で幾つにも分割され、中央に炉があった。両側には台があり、昼間は椅子、夜は寝台となる。

一行は村人からもてなしを受けた。旅人などあまり訪れない小さな村であるし、魔法使いが含まれていたからである。辺境では魔法使いは歓待される。

女占い師は村人の求めに応じると約束した。魔法の需要は多い。明日になれば忙しくなるだろう。貯水池に守護の魔法を施し、村を守る結界を補修し、安産のまじないをかけ、家屋に憑いた霊と言葉を交わし、豊漁を祈願せねばならない。

ささやかながら宴席が設けられ、貴重なよその話が旅人たちによって語られた。集まった村人たちはそれに耳を傾ける。そんな時間が続き、やがてお開きとなった。

家々に帰っていく村人たち。その中にいた少年が目を輝かせていたことに、交易商人も、女占い師も気づきはしなかった。


  ◇


というわけで、宴の席で目を輝かせていた幼い少年は、現在必死で逃げていた。首のない全裸の女から。

おおかた、少年が抱えている生首を追いかけているのだろう。無理もない。自分の生首を盗られて追いかけない者がいるだろうか?いやそもそも自分の首を盗まれるという事態がまずおかしいが。

盗むつもりはなかった。あまり。ただ、女海賊の線の細い横顔。流れるような金色に輝く髪。そして愁いを帯びた表情があまりにも儚くて美しいから、手を伸ばしてしまっただけなのだ。

そもそも船には恐ろしい姿の番人ガーディアンがいるが、危害を加えない限りは無害だ。とローブの魔法使いから警告を受けていたのが、少年が夜更けに出かけた原因である。村の大人たちは話を素直に聞き入れて近寄るまいとなっていたが、少年からすると勇気が足りなかった。その番人を見に行こうとは思わないのかと。それは世間一般では蛮勇と呼ばれる類の感情なのだが。おまけにを加えてしまった。

ともあれ警告を無視した少年にどんなが待っているかは想像の埒外である。

彼の頭にあるのは、魔法使いに謝ってあの怪物を何とかしてもらおう、という一点だった。


  ◇


何処へ行こうとも問題を起こすのはわんぱく小僧と相場が決まっている。とはいえ人の生首をするのはどうなのだ。などと考えつつも前方の少年を追跡する女海賊。その姿は首がないだけではない。服もなかった。着ている暇がなかったのである。

首のない全裸の女体が全力疾走して追いかけてくるわけだ。これは怖い。

もちろんそんな相手の心情なぞ、女海賊からすれば知った事ではなかったが。それより問題なのは、集落に逃げ込まれることである。そうなれば女海賊は追ってはいけない。速やかに曲者を捕縛する必要があった。

だが、相手には地の利があった。巧みに地形を生かして逃げ回るのである。このままではまずい。幸い相手の行先は想像がついた。集落である。

だから何度も先回りを繰り返す。逃げられる。

それを続けるうち。

女海賊は、少年の行く手を遮る事に成功したのだった。

少年は、眼前に首のない女の全裸死体が立ちはだかっている事実に、腰を抜かした。


  ◇


「……ごめんなさい」

「……ぁ……」

そこは島の北側にある岬。ちなみに集落や船が停泊している海浜は東側にある。

地面に座り、取り返した生首を相手に向け、女海賊は少年のを聞いていた。

覚えつつあるで、である。女海賊の時代の言葉は既に古語の類だったが、現代語の直系の祖先でもあった。基本さえつかめば意思疎通自体は割と何とかなる。首と胴体が繋がっていない体は声を出せないのでかなり苦労はしたが。

「凄く綺麗だ、って思ったんだ。それでつい……」

「…ぅ……?」

綺麗、と言われて女海賊は困惑した。こんな首と胴体の生き別れた自分が?魔法使いの従僕に過ぎない不死の怪物が?

「うん。綺麗。とても」

「………ぉ……」

しばし瞑目する女海賊。

ややあって、彼女は立ち上がると、少年にも立つよう促した。集落へ送るつもりである。

その時だった。

「……霧?」

「…ぁ……」

突如周囲にたちこめたのは、霧。凄まじい勢いでそれは濃さを増していく。

続いて困惑する両名の耳に響いてきたのは水音だった。

オールが水をかく音。こんな夜間に?

岬の先まで進み、海面を観察したふたりは見た。

穴だらけの船体。ボロボロの帆を張り、腐敗した亡者の漕ぎ手を満載した30メートルもの軍船の姿を。

「―――幽霊船ゴーストシップ……っ!」

霧の中へと姿を消していった船の行先は、南東。

島の集落がある側だった。

しばし呆然としている両名だったが。

「大変だ。村が……っ!」

我に返った少年の呟き。

女海賊は、即座に飛び出した。

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