いつの間にか200話越えてましたよ(211話ね)

空は暗雲に包まれ、大地には冷たい風が吹き荒れていく。

平原に生い茂るのはもはや草ではない。幾何学的な構造物に見える何か。異界の植物とはこのような姿なのかもしれぬし、あるいはまったく別の何かかもしれぬ。この世の理とは異なる何かが支配しつつある魔境に平原が変貌しつつあるのは明らかであった。

だがそれでもまだ、この場は異界ではないのだ。

真に異界が降臨すれば、その時点で世界は破壊されてしまうだろう。だから、これは大地が異界へと近づいていることを示しているだけ。

塔が奏でる異界の歌の作用であった。

万物は歌う。

天の揺らぎ。大地の震え。炎の揺らぎ。潮騒。赤子の泣き声。鳥のさえずり。星々の輝きすらもが歌である。歌とは声なきものたちの言葉であり、言葉とはすなわち魔法なのだ。

だから、歌はとてつもなく巨大な魔法だった。万物に通じる普遍的な言葉であるから。

ゆえに、人の類は、どんなささやかな物事にでも感動を見出すことができるのだと言われている。

歌の魔法が働きかける対象はとてつもなく幅広い。人の心を揺さぶるなど、その一端でしかないのだった。喜怒哀楽。どころか万物を歌は支配するのである。

だから、異界の歌声。この世の理と相反する歌声を聞けば森羅万象は狂う。

今広がっているのは、まさしく狂気が流れ込みつつある光景だった。


  ◇


塔を登っている野伏は、平原が異形の姿に変わりつつあるのを目にしていた。

窓から外を覗いていたわけではない。塔のを彼女は昇っているのだ。番人ガーディアンが配されているであろう内部を進むのは時間がかかりすぎるとの判断であった。このような場でも草小人のすばしっこさと器用さ、身軽さが存分に発揮されている。おまけに素足の彼女はしっかりと足掛かりを指で掴むこともできた。

敵は内部に突入した獣たちと、それを率いる女楽士への対処に忙殺されているであろう。その隙に己が、敵首魁を暗殺するのだ。

帯びている武器は、鉄の手斧。骨の短剣。盗賊の七つ道具。いくつかの暗器。被っている毛皮。

そして腐敗の病毒を生み出す魔法の指輪。はめた手で持っている武装が魔法の毒を帯びる致死の呪物である。

指輪の主以外、魔法生物や不死の怪物すらも退けるこれを受ければ、いかな骸骨王と言えども死すはずだった。

やがて行程を登り切った彼女は、塔の頂上。見晴台となっているその場所へとたどり着いた。

音もなくその場に立った彼女の向かい側にいるのは、背を向けている甲冑姿の男。

骸骨王であった。

とうとう野伏は、仇敵を追い詰めたのだ。

感慨にふけっている暇はない。

腰から短剣を取り出すと、敵に向けて忍び足で接近する。全身鎧で身を守る相手に毒を流し込むには、隙間を狙うしかない。

そこで、相手が振り返った。髑髏を模した兜が、野伏を向いたのである。

「驚いた。勝手知ったるという奴か」

すらりと抜刀。刃を正眼に構える骸骨王。彼と比べれば、野伏の身の丈は半分強しかない。圧倒的体格差だった。

「異界の神が降りるまであとわずか。邪魔はさせぬ」

最後の戦いが始まった。

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