第七話 出会いの物語
そういえばデュラハンになる前の姿での活動が描写されるのって初めてではあるまいか(いつも冒頭で首チョンパやからな)
野伏は、元々旅のならず者だった。
草小人の一族も人の類である。飯を食い、服を着る。酒だって飲むし、光ものは好きだった。彼らは人間に混じってそれらを得る。人口の少ない彼らは独自の社会を持たない。例外は定住するときくらいのもの。
されど、草小人は小さい。力も弱い。すばしっこさと頑健さ、投擲には定評があるが、彼らが人間社会でできる仕事は数少ない。
踊り子。吟遊詩人。狩った獲物の毛皮を売る場合もあるし、薬草摘みで糊口をしのぐものもいる。その能力を生かし、密偵として働く場合もある。彼らはどこにいても怪しまれないし、闇の種族相手の戦いでもその能力は引っ張りだこだった。
そして、盗賊。
愚かにも彼女は、森の奥に住まうという魔法使いの姉妹に狙いを定めた。魔法など自分には効かないと思ったのだ。
そう。
半ば異界と化した領域に住まい、死せる動物たちに守られた、世にも美しい姉妹の住居に押し入ったのである。
それはほんの少しだけ昔の話。
◇
「死ぬ!これは死ぬ!!」
光が差し込む森の中を走るのは身長1メートルほどの小柄な体躯。狼の毛皮を被り、素足の彼女は草小人に違いない。
野伏であった。
彼女は追われていた。何頭もの、種類も様々な動物に追跡されていたのである。
草小人は素早い。追跡者が人間であればたやすく置いていくことも叶おうが、彼女を追いかける獣どもは恐ろしく早い。だがそれだけではなかった。
肉食獣という生き物はスタミナがないもの―――意外な事だが地上で最もスタミナのある大型生物は人の類である―――だが、追跡してくる狼や熊、豹はいつまで経っても疲れる様子を見せない。まるで不死の怪物のように。
だが、野伏の目には彼らは生きているように見える。腐ってもいないし骨も覗いていない。生気も感じる。つまり死者ではないはず。
どこかに隠れようとしても無駄であろう。獣は鋭敏な嗅覚を備えている。たちまち見つかってしまう。
腰の手斧で応戦する事も考えたが、一匹ならいざ知らずあの数に追いつかれれば死ぬしかない。
だから、野伏にできるのはただひたすらに走る事だけ。
木々の間を抜け、落ち葉を踏み砕き、彼女は走る。いずれ訪れる限界を待ちながら。
足元を気にしている余裕などなかった。
だから彼女は、前方で待ち伏せていた、魔法のロープにも気付くことはなかった。
「ぎゃっ!?」
突如、足をからめとられて宙づりにされる野伏。
雑霊を封じ込められた器物の召使いが、逃げる草小人を捕らえたのである。
哀れな囚人の毛皮も髪の毛も、背嚢までもが垂れ下がった。
「……あー」
ロープはまるで鎌首を持ち上げた蛇のように伸びあがっている。地上でとぐろを巻いているそいつは、頭を野伏の足に絡めて実に五メートルの高さまで引きずりあげたのだ。
腰の得物でそいつを叩き切ることはできるだろう。頭から落下することを許容するのであれば。
それだけではない。
足元に集まっているのは獣たち。狼。熊。猪。豹。全部で十匹近くはいるだるだろうか。こいつらに噛まれたら間違いなくあの世行きだ。
野伏は、逃げ場を完全に失ったことを悟った。
魔法使いの倉を荒らした愚か者の末路である。
盗人であるところの野伏は、素直に腰の得物を投げ捨てた。他にも各所に潜ませている刃物や武器、道具類を。
そして両手をぷらーん、と垂らす。
降伏の意志表示であった。
「参った。参ったから命だけは勘弁してくれないかなぁ」
魔法のロープはそれを読み取れるだけの知性があったか、野伏を降ろす。かなり乱暴に。
「あいてっ!?」
かと思うと、そいつは野伏の全身に絡みついた。ぐるぐると自発的に縛り上げたのである。
おまけに、彼女を包囲する獣たちが寄って来た。周りから、鼻先でツンツンしてきたのだ。
「ひぃ!?」
怖い。
草小人は恐怖と疎遠であるが、それは対処の仕様がある場合に限られる。明らかに相手に生殺与奪の権利が握られているなど恐怖以外の何物でもない。
「おいしくない!私を食べてもおいしくないから、ね、ね!?」
全方位からの殺気。
野伏が死を覚悟した、その時。
横から声がかけられた。
「やめてあげなさい」
獣たちは下がった。その場に現れた主人たちに対して道を空けたのである。
彼らがどいた先に見えたのは、麗しい娘たちだった。
一人は大柄。流れる銀の髪に、柔和な顔立ち。ローブを纏っているが、腰にぶら下げているのは刃。柄が骨なのが印象的だった。
一人は小柄。こちらも流れる銀の髪だが、ふんわりとしている。脇に抱えているのは骨で出来た弦楽器の類。文字が刻まれているところを見ると魔法の品か。
森に住まう魔法使いの姉妹。野伏という盗人の被害者たちである。
そしてこれが、野伏と女楽士との出会いでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます