種さえわかれば割と何とかなるものなのです(割とな)
王の主治医である薬草師の男は、己が夜の山城に佇んでいることに気が付いた。
一体何が。
身に着けているのは室内着。そして手にしているのは黄金色の小剣。
訳が分からぬまま、城の中をさ迷い歩く。
不思議な事に、誰とも出くわさぬまま、王の寝所へとたどり着いた。
そこで彼はふと、気が付く。この扉を開けば、そこに王がいるのではないか。このまま王を弑することができてしまうのではないか。
考えがそこに至ってしまえば、もはや後戻りはできなかった。彼に与えられた呪いは、彼の能力が及ぶ限りにおいて最善を尽くすことを強制するから。
扉を開いた先。豪奢な寝台で眠りに就いていたのは、薬草師が仕えている王。
一歩。また一歩と近づく配下。いや、闇の種族が送り込んだ暗殺者に対して、王は気づく様子もない。
―――駄目だ。殺してしまう。やめてくれ。誰か。
剣を逆手で持つ。もう片方の手を柄に添える。振り上げる。
もう止まらない。止められない。
薬草師は、刃を振り下ろした。
おぞましい音。王はピクリともしない。
不意に、体が自由となった。
急いで王の生死を確認する。脈をとる。呼吸を調べる。鼓動はどうだ。
死んでいた。王に生命の伊吹は感じられぬ。
―――ああ。なんという事だ。殺してしまった。とうとう!
すすり泣く薬草師。
その身に絡みついた呪詛がほどけ、消滅していくが、もはやそんなことはどうでもよかった。主君を殺してしまったのだから。
―――そうだ。死んでしまおう。せめてもの償いだ。
彼は、王に突き立ったままの小剣を引き抜くと、自らの喉に突きつけた。
ズブリ、と潜り込む、黄金色の刃。
―――これが。これが、死か。
意識が遠ざかっていく―――
◇
薬草師の寝室。
女楽士は、帰って来た薬草師の霊を肉体に戻すと、彼の喉から小剣の幽体を引き抜いた。
そう。仮死を与える魔法を付与した小剣の。
薬草師が体験していたのは全て現実である。彼は山城まで出向き、王の胸を小剣で貫き、死を与え、そして自決したのである。
ただし、それは肉体から解き放たれた霊魂が行ったこと。そして彼に貸し与えられていた小剣に付与されていたのは、仮初の死を与える魔法であった。王の霊魂は一時死んだが、刃を引き抜かれると同時に生き返ったのである。本人は死んでいたという自覚すらあるまい。
薬草師に与えられていた
全てが解決したことを認めた女楽士は、捕虜にした
その後には豹が続いていく。
破壊した屋敷の入り口ともう一か所以外、なんの痕跡も残さず、彼女らは去っていった。
◇
翌朝。
目を覚ました薬草師の男は、昨夜の悪夢を思い出してぞっとしていた。
まさか夢の中でまであんなことをする羽目になるとは!
しかし、己は実際に使命を果たさねばならぬのだ。逆らえぬ。
そこで、気が付いた。彼の精神を縛っていたあの重圧が、すっかり消え失せている子とに。
試しに、任務を放棄して洗いざらい、全てを誰かに話す算段を考えてみる。
―――苦痛がない。
消えていた。あれほど彼を悩ましていた、
一体何が。
慌てて監視役の
壺の底には、こう刻まれていた。
「お前は誰も殺していない」と。
薬草師は、自分を救ったのがあの首のない魔法使いだということを、悟った。
◇
深い闇の中。
骸骨の姿をした者は、己の計画が失敗したことを知った。
とはいえ彼の陰謀はひとつではない。無数に進行している中のひとつなのだ。どんなものごとであろうとも絶対はない。ならば失敗をも織り込んで計画をすべきなのだった。
それでも。
彼の計画を失敗に追い込んだ者については警戒するにこしたことはない。それが意図してのものであるならば猶更。
骸骨王は失敗に終わった陰謀を綺麗に捨て去ると、次なる陰謀に向けて思案を始めた。
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