やられたらやり返す派です(だいたいみんなそうです)
薬草師の屋敷。
そこに潜む
主人より与えられた命令は、薬草師を守り、王の暗殺を補佐する事と、監視。
今のところ経過は順調である。薬草師は現在ここで休養を取っているが、数日後には登城する。近日中に王へ毒を盛る事となろう。
今のところ障害になりうる要素はない。
先日の救出の際、ここへ直接乗り込んできそうな草小人は始末した。神官の加護でもあれを救うことはできぬ。骨の獣の術者に関しては恐れる必要はない。人間の街に
楽な仕事だ。己は静かにこの屋敷に潜んでいればよいだけだから。
彼は知らなかった。
今まさに、相当面白い事が起こりつつあるという事実を。
◇
湖畔の街は低いながらも石の防壁によって守られた都市である。
各所にある門は兵が詰め、交代で防備にあたっていた。
そのうちのひとつ。閉じられた門の見張り台に詰めていた兵士は、眠気をこらえながら業務を遂行していた。
歩哨は退屈との闘いである。ほとんどの場合何も起きない。だが、何か起きた時に眠っていれば、死人が出る。気が休まらない仕事だった。
だから彼は、それなりには気合を入れて仕事をしていた。あくまでもそれなりにはだが。
ふと、何かが震えるような感触。
「―――歌?」
その印象は一言で言ってしまえば、柔らかい。落ち着きのある歌声はどこか安心できて、眠気を誘うもの。
外から響いてくる声だった。
目を凝らしてみれば、遠く。街道より何かが歩いてくる。獣を従えてこちらに来るのは、一体。
旅人?
分からない。それにしても眠い。どういうことだろうか。
疑問に思いつつも彼は、観察を続けた。
続けようとして、いつしか眠りに落ちて行った。
◇
街道を歌いながら進んでいるのは一人と一匹。体の数だけで言えばみっつだった。何故ならば、うち一人は首と胴体が生き別れていたから。
首を小脇に抱えた女楽士が歌っているのは魔法の
彼女に従う骨の豹には効果がない。死者が眠れるのは葬られた時だけだから。
女楽士の歌声は、魂そのものを震わせる。すなわち魂を持たぬものに妨げられぬのである。地下に逃げようとも、耳を塞ごうとも、あるいは壁で遮られようとも届くのだ。
門の前まで来ても、街の内側では何の動きもない。歌声の届く限り、寝静まっている証拠だった。
豹が壁を昇り、向う側へ入り込む。ややあって、門を閉じる閂が外れる音。
女楽士は、歌を継続しながら門を開いた。
◇
月夜に照らされた湖畔の街。その中でも特に大きい屋敷のひとつが、薬草師の館であった。二階建てで、ロの字型の構造。中庭を囲むようになっていた。
女楽士をここまで導いたのは、骨の豹。彼は薬草師の臭いを覚えていたのである。特徴的な臭いであった。こびりついた薬草の臭いは強烈だったから。
玄関のカギを引きちぎって入った女楽士を阻止する者は誰もいない。歌によって眠らされているのだ。生きた肉体であれば街の入り口からここまで、ずっと歌い続けることはできぬ。されど彼女は死者。息継ぎすらなく、いつまででも歌い続けることができるのだった。
豹に導かれた女楽士は、二階にある寝室の前で立ち止まった。
扉を開く。
鍵はかかっていなかった。
入った先には、寝息を立てている中年の男。
目当ての人物だった。
彼に近寄ろうとした女楽士だったが、骨の豹がうなり声を出し始めたのを見て動きを止める。
豹は室内にあった大きな壺をひっくり返した。
中から出てきたのは醜悪で暗褐色の、翼を持つ人型生物。女楽士は、眠りこけているそいつの名前を知っていた。
そいつの取り扱いをしばし思案した女楽士だったが、やがて結論がでた。
◇
―――なんだ。何が起きた!?
目を覚ました彼の首を掴んでいるのは、髪を後頭部に編み上げた五体満足の女。黒い薄片鎧を身に着け、傍らには毛並みの美しい豹を従えている。
何者だこいつは!?
驚愕する彼に、女は告げた。
お前は誰の差し金でここにいる?と尋ねたのである。
咄嗟に魔法を使おうとした
女は鼻で笑うと、足元を指さした。
つられて、
そこに転がっていたのは、黄金色の小剣に貫かれて死した彼自身の肉体であった。
女は悪戯妖精を殺し、その霊魂を尋問していたのである。
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