たまには日常系を書きたくなる(なります)

道具の機能を維持するには手間がかかる。

手入れを欠かした道具はすぐに壊れる。着衣であれば継ぎを当て、鋤の柄が折れれば交換する。船底に穴が開けば板を打ち付けるであろう。

そして砥ぎ。

刃物の切れ味は使えば使うほど悪化する。刃が摩耗していくからである。

切断機能の回復には砥石が用いられる。研磨によって鈍った刃を復元するのだ。

今もまた。

大きな肉斬り包丁が、哀れな囚われ人の前で研磨されつつあった。

具体的には、魔法使い姉妹の小柄なほう―――妹らしい―――が、ぐるぐる巻きに縛られた野伏の眼前で包丁を研いでいたのである。

大変に怖い。

やがて砥ぎ終えたか、刃を検分する魔法使い妹。満面の笑みを浮かべる彼女は大変機嫌がよさそうに見えた。

―――間違いない。殺されて喰われる。

野伏は確信した。

一部の例外を除き、魔法使いは化外の民である。彼らにはいかなる法も通用しない。とはいえ彼らも里者と交易しなければ生きていけないから、人里で重大な悪事を働くことはまずない。

されどここは人界ではなかった。ましてや野伏は盗っ人である。バラ肉にされて喰われた挙句、残った骨を骸骨兵にされても文句は言えぬ。

そんな内心も知らず、魔法使い妹は野伏へと振り向いた。

「どう?よく切れそうでしょう?」

「あー……何を切るの?」

「肉よ?肉斬り包丁だもの」

「さ、左様で」

問答が終わる。

それで終わりではない。なんと魔法使い妹は野伏へ歩み寄ってくる。包丁を片手に。

「ひっ」

死を覚悟する野伏。

彼女に包丁を差し出し、魔法使い妹は命じた。

「さ。働いてもらいますからね」


  ◇


魔法使い姉妹の家はにあった。

そう。森の中なのになぜか見渡す限りの平原なのである。野伏も初めて立ち入った時は度肝を抜かれた。森の中、何やら石が積まれてできた塔の間を抜けると突然平原になったのだから。魔法の仕業らしい。魔法使い妹に言わせれば「ここが森になる前の姿。要するに平原の幽霊ね」とのことだが。

そもそも常人では入り口である石の塔を発見できないそうな。防御の魔法を野伏は突破できたのだ。草小人の抵抗力故であろう。

そこにぽつん、と建つ大きな建物が姉妹の家であった。自然石を積んだ造りで二階建て。外側は苔むしており、周囲にはハーブや野菜が植えられていた。傍にはとんでもなく巨大な大木が生えている。

そして、家に併設されている、五階建ての塔が倉であった。

場所はあるんだからわざわざ塔にしなくても。というのが野伏の感想だったが、実際の所彼女はここの最上階に忍び込むのに大変苦労した。階ごとに魔法の番人ガーディアンがいたのである。特に宙を舞う箒との勝負は激闘であった。埃をはきかけられてくしゃみが止まらなくなったのである。きっと普段の掃除はサボっていたに違いない。あいつめ。

魔法使い姉妹に囚われた野伏へ課された罰は労役刑であった。十年間彼女ら姉妹に仕えると誓ったのである。許可なく逃げたりすれば全身に「この者、泥棒」という文字の痣が浮かび上がる呪い付きで。抵抗しようと思えばできたがそうなると獣たちに食い殺される。野伏は観念して呪いを受け入れた。

奴隷の身分に堕ちたわけだ。自業自得である。弁護の余地はない。殺されなかったどころか無期限ではなかったことに感謝すべき状況だった。人間なら人生の五分の一だが、200年の寿命を持つ草小人からすれば生涯の二十分の一、人間にとっての2,3年程度の期間に過ぎないのだから。

そんなわけで、野伏の奴隷生活が始まった。その初日。

「……あんた使えないわねえ」

「面目次第もございません」

家の裏手。木で出来た小屋は、狩りの得物を吊るして熟成させておく場所だった。

そこで肉を解体するのが、野伏に命じられた最初の仕事だったのだが。

身長が足りない。腕力が足りない。足りない尽くしでたちまちのうちに不適格の烙印を押されたのである。

作業を監督していたのは魔法使い妹。こうしてみると普通の村娘にしか見えないのだが。

盗っ人に刃物を持たせてもいいのかなどと考えながらも野伏は素直に頭を下げた。まぁ相手は魔法使いである。斬りかかろうとすれば包丁がすることすら考えられた。それに生きてここから出られまい。せっかく拾った命である。

野伏から包丁をぶん獲った魔法使い妹は、速やかに肉を切り取っていく。ほれぼれするような手際の良さだった。

「うまいね……」

「慣れてるから」

やがて作業を終えた魔法使い妹は、荷物を野伏に押し付ける。

「さ。それを運んだら次の仕事をしてもらいましょうか」


  ◇


「ほへー」

平原を流れる小川。

家から近いその場所で、見えない従者が、桶に水を汲んでいた。

その光景を呆然と見ているのは野伏である。

やがて桶を抱えたは、ひょこひょこと道を歩き出した。二階建ての家へと水を運んでいるのである。今日は風呂を沸かすらしい。

「……おばけ?」

「おばけ?ああ、使い込まれた桶に、覚えてる動作を再現させているだけよ。ああいう仕事をさせられる道具は貴重でね」

野伏の疑問に答えたのは魔法使い姉。姉妹の背が高い方であった。

腰に剣を帯びた彼女は隙が無い。下手な事をすれば切り捨てられるだろうという確信が野伏にはあった。

「使い込んだ桶……?」

魔法使いは時にガラクタにしか見えぬものをありがたがって入手するというが。ひょっとすると、使い込まれた方が利便性が高いのか。

「そう。器物霊がそういうのを覚えていると、操りやすいから」

「はぁ……」

なるほど。働かせることができるなら、確かに魔法使いにとっては価値があるだろう。長年の疑問が氷解する野伏。

しかし道具に働かせることができるのであれば、労働力などいらないのでは。

そんな疑問符を浮かべる彼女へ、魔法使い姉が押し付けた仕事は洗濯。

虚空から大量の衣類やシーツなどの布を取り出したのである。どうやって運んでいたのやら。

「じゃあ綺麗にしておいてくれるかしら」

「ふぁ、ふぁい……」

布地に圧し潰されそうになりながらも従う野伏。

こうして、野伏と魔法使い姉妹との共同生活が始まった。

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